⚫︎『ちょっとだけエスパー』、第三話。今までのところでは、このドラマにはあんまり乗れない感じ(第一話は面白そうだったのだが)。ドラマ全体の構造として、何か大きな仕掛けがありそうな感じはするが、それを支える小さいエピソードがことごとく薄っぺらいように感じてしまう。
(今までの野木亜紀子はこんなじゃなかったよなあ、と。)
前回の画家の話もそうだし、今回の、ディーン・フジオカの過去の話も、大泉洋の子供時代の父との関係の話も、ありがちで工夫のない紋切り型のエピソードとしか思えず、全体の流れ(構成)の中に当てはめるためだけに都合よく作られたパーツのように感じてしまう。父と息子の関係の話だからといって、ディーン・フジオカの話と大泉洋の話を並置するのも安易だし、現在時で、縁日で迷子になった子供と、父に置いてきぼりにされた大泉洋の子供時代を重ねるのも安易に見えてしまう。縁日でたまたま父とはぐれてしまうことと、父に置いてきぼりにされてしまうことでは、意味が全然違うと思う。
(大泉洋のエピソードで、いくら何でも、子供を無視してあんなにスイスイ先に行ってしまう父親っている ? 、と思っしまった。リアルにあんなだとしたら、意図的に虐待しているとしか思えず、相当やばい父親だということになって、それはまた「別の物語」になってしまう。宮崎あおいが「よしよし」するくらいでは済まない話になる。)
(基本的には同じようなエピソードだとしても、そこに工夫を一つ二つ付け加えることで紋切り型とは感じさせないようにすることはできると思うし、今までの野木亜紀子はそれをちゃんとやっていたと思うのだが。)
神社での爆発事故についても、常識的に考えて、発電機を再稼働させたテキ屋のおっちゃんが爆発の一番近くにいて、最も大きな被害を受けるはずだが、誰も彼をフォローしていない。彼は一体どうなったのか。
(大泉洋は迷子の子供を、ディーン・フジオカは息子とその友達たちを、宇野祥平は犬を、つまり彼らの「過去」と深くかかわるものを、それぞれ爆発から守ったのだが、彼らの「過去」とは関係のない「テキ屋のおっちゃん」は誰にも守られていない。彼の存在はなかったことになっている。)
(あたかも、発電機を稼働させて散った火花が漏れたガスに引火するまで「空間を伝う」時間が少しあって、その間におっちゃんが歩き去ったかのような演出がなされていたが、ガスが充満しているのに、火花が散ってから爆発するまであんなに時間がかかることってある ? 、と疑問に思った。導火線を伝って引火するというわけでもないのに。)
岡田将生が、モロにブラック企業の経営者的マインド丸出しなのだが、もっと、狡猾な偽善者みたいなキャラのが面白いのではないか、とも感じる。そこは「笑うところ」なのかもしれないが。
ノナマーレの社員四人と宮崎あおいが、ミッションが絡んでいない場面で楽しそうのわちゃわちゃやっているところはとても好きなのだけど。
(社員たちに課されるミッションも、一話のような、何のためになるのかよくわからなないちっちゃい謎ミッションだと、そのわけのわからなさが面白いけど、中途半端に意味ありげな中規模ミッションだと、紋切り型の、物語によくある小波乱としか感じられなくなってしまう。)