2025-11-25

⚫︎アニメ映画『この世界の片隅に』(片渕須直)に、主人公のすずさんが嫁ぎ先の呉の高台から海岸の風景をスケッチしていると、憲兵が現れて「間諜行為の疑いがある」と言ってスケッチブックを押収する場面がある(海岸には軍需工場がある)。このスケッチブックは帰省先の広島で買ったもので、戦争が激しくなってしばらく広島に帰れなさそうな状況で、広島を描いた何枚かのスケッチも含まれている。

この出来事について、「間抜けな憲兵」をバカにして北條の家族みんながが大笑いする。すずさんのようなぼーっとした女性にスパイなど務まるはずがない。憲兵はどこに目をつけているのか。無駄に威張りくさっているばかりで、なんと間抜けで無能な憲兵であろうか、と。家族中で大爆笑で、わけの分かっていない幼いはるみさえつられて笑う。しかし、すずさんだけが笑っていない。

大切なスケッチブックが理不尽に奪い取られて、まったく笑い事ではないのに、なぜこの人たちはこんなにも笑っているのか。すずさんはここで、嫁ぎ先の家族に対して強い不信感を持ったのではないか。観客として映画を観ていても、この爆笑は場違いに見える。

だが、ここで呉の北條の家族としては、「笑う」しかなかった、というか、「笑い」でもしないとやっていられないという感じだったのではないか、とも思う。クソみたいに無能な憲兵たちが、クソみたいに強い力を持って存在し、クソみたいに威張り散らしている現状を、ただただ受け入れるしかない。こんな状況では、バカな憲兵のバカさ加減を思いっきりバカにし倒して、笑い嘲り飛ばしでもしない限り、とてもじゃないがやってられない、と。

そのような意味で、一見「家族一同ほのぼの大爆笑」にも見えるこの場面は、実はかなりキツイ場面なのだ。実際、映画はこの場面を転換点のようにして、前半の幸福な調子から、後半の暗くて深刻な調子へと変化する(と、記憶している、改めて確かめていないので違っているかもしれない)。

最近の日本の政治的な状況をみていると、この場面のことを思い出す。