⚫︎(少し昨日を引きずっている)なぜぼくは、直接的な接触を伴うフィジカルな格闘アクションに、今一つのれないのだろうか。ブルース・リーもジャッキー・チェンもMr.Boo ! も、普通に好きだが特にのめり込むほどではない。大抵の「男の子」が大好きなそれらに、そこまで熱中することはなかった。
直接接触とは異なる、たとえば「銃」を媒介とするアクションは好きだ。そこには、距離とその伸縮、切り閉じがあり、つまり空間の転換、解体と再編成(基底的な空間構成そのものの変質)がある。ぼくはどうも、そういうものに惹かれるようだ。
対して、直接接触の格闘だと、基底としてある三次元空間そのものの変質はなく、身体能力の高さと反応の速さ、アクションに対するリアクションの的確さと意外性などが問題になる。別の言い方をすると、人間としての物理的な身体組成に強く制約される。格闘アクションが好きな人は、そのような「強い制約」の中でこそ発揮される機転と創意工夫(それを可能にするすごい身体能力)、そして何より、反応の速さと的確さに惹かれるのではないか。
ぼくは、ぼく自身の運動神経の鈍さなどから、そこにはあまり敏感には反応できないのだろう。
映画における身体の直接接触にあるアクションの表現では、神代辰巳とか、そういう方向に、ぼくの興味は向かう傾向にあるようだ。速さとか的確さとかではない何か。