⚫︎『幽霊の脳科学』(ハヤカワ新書・古谷博和)。面白かった。この本は、脳科学によって幽霊を解明するという本ではない。この本では、あくまで幽霊にかんする一側面のみを扱っている。別の言い方をすれば、この本は「幽霊」が現れる物質的基盤、あるいは「脳における機能的な基盤」のみを扱っており、いわば、幽霊の形式主義的・機能主義的側面についての本で、幽霊経験における個別の「内容の違い」についてはほぼ検討されていない。
雰囲気重視の間違った比喩(間違った語の使い方)をあえてするが、この本が扱うのは幽霊が現れる必要条件についてであり、十分条件については扱われていない、という感じ。幽霊の「内容(とその「意味」)」について考えるのは、精神科医や民俗学者、社会学者、あるいは物語作家の仕事であって、この本では、彼らには扱えない部分のみを扱う、ということだろう。
たとえば、この本のプロローグに著者自身が診察した患者の例が紹介され、それは4章で検討される「ありありと見える、しゃべらない幽霊」に分類されるという。同じカテゴリーに分類されるということは、同様の脳の機能の障害が「基盤」となってそのような幽霊が現れると考えられる、ということだ。
この患者が見たのは、(1)昼間、見知らぬ男女6人が自宅に侵入してきて、持ち込んだコンロで居間で勝手に料理を作り始める、(2)こちらも昼間、木工所のトラックがやってきて、5人の男たちが居間で自分(患者)のための棺桶を作り始める、(3)夜中にトイレに起きたら廊下で妻が包丁で胸を刺されて出血している、というものだ。これらの幽霊には「内容」的な一貫性はなく、我々が普通にみる「夢」と同じくらいランダムだ。
4章で、この患者と同様の脳の機能障害が原因と考えられる「幽霊」として、西丸震哉という科学者の手記が取り上げられる。彼は、昭和21年4月から翌年にかけて、(生命の危険を感じでその土地を離れるまで)1年間にわたって「見ず知らずの、しかし同じ女性」の幽霊を見続ける。夢と同じくらいランダムに異なる幽霊を見てしまうことと、一年にわたって「同じ幽霊(しかも知人や歴史上の人物とかではない見ず知らずの「他人」)」を見続けることとは、相当に違うように思われるが、その違いについては検討されない。
《また興味深いことに、西丸氏は科学者らしく幽霊に対していろいろと試しています。特に最初の頃は視野から外れると「パッ」と消える(後には前を通っても消えなくなる)、触ってみると触ったところから消える、棒でなぐってみると、棒が触れたところから消えるなどということを記録しておられます。こういう点は「プロローグ」で述べた患者さんの見た幻覚にそっくりで、真っ暗なところでも爪の先、髪の毛、浴衣の柄まではっきりわかるというのも特徴で、触れると消えるという点でも同じで、西丸氏の体験は純粋視覚型幻覚ということになると思います。》(p153~154)
暗いところでも細部まではっきり見えて、触れない(触れると消える)喋らない、見ると体が冷える、などという共通点から、同様の脳の障害が推測される。しかし、「内容」にかんして、「ランダム性」と、怖いくらいの「一貫性・固有性(同じ女性)」という違いはスルーだ。これは批判しているのではない。むしろ逆で、おお、これが「科学」なのだな、と感心したということが言いたい。ぼくなどは、ついつい「内容」の違いに引っ張られて、形式的・基盤的な同一性に気づけない。というか、脳の専門知識があるからこそ気づくことのできる形式上の共通性がある、ということだ。このようなところが、人文的な「幽霊の研究」とは違っていて、そのような「この本のあり方(構造・割り切り方)」をとても新鮮に感じた。
(幽霊の「内容」については、その人の個別性、固有の人生に深くかかわることで、そこは「科学」では触れない、ということではないかと思った。)
ただ、だからといって「内容」の違いについては考えなくて良いということにはならない。それにはまた別のアプローチが必要だということになるだろうと思う。
⚫︎また、非常に興味深い「病気」が紹介されていた。いわゆる「神隠し」や「マヨイガ」体験に関連すると思われるものに、次のような疾患が考えられる、と。
《一過性全健忘症(TGA)は一時的に起きる短期記憶障害で、特徴としては①50歳以上の中高年齢層に、②突然前触れなく発症し、③自然過程で二十四時間以内に改善する健忘症。④発作中は数分単位で同じことを繰り返し質問し、その際健忘以外の認知機能障害や神経学的異常は見られません。⑤これまでに似たような発作の経験はなく、ほとんどの症例は経過良好で再発することはなく、生涯に一度しか起こらない疾患といえます。》(p91~92)
なんの前触れもなくいきなりやってきて、しかし放っておいても自然に過ぎ去り、しかも再発することがほとんどない、一生に一度だけのことだ、と。それを「病気」と言えるのだろうかと思うようなユニークな病気だ。それこそ「魔物」のようなものに偶然触れてしまったという体験ではないかと「文学的」に考えてしまう。