⚫︎ほしおさなえ『ふしぎな声のする街で』『駅のふしぎな伝言板』を読んだ。「ものだま探偵団」シリーズの一作目と二作目。同じシリーズの四作目である『わたしが、もうひとり ?』が素晴らしかったので読んでみたが、一、二作目も良かった。
小学五年生の女の子が、新しい土地に引っ越して、その不慣れな土地で土地に固有の「魔法」に触発される。引っ越しの理由は父の転職(その土地の博物館の学芸員へ)と、それをきっかけとした新居の購入で、しかし新居といっても古い家だ(前の土地では現代風のマンションに住んでいたが、新居で「古いモノ」に囲まれることになる)。その土地は母の由来の土地であるが、由来といっても出自に関係するのではなく、母もまた主人公と同じくらいの年齢の時に、この土地に一時的に住んだことがあるというものだ。そして母もまた、その当時その土地の魔法に触発された過去がある。主人公は、土地の魔法に触発される資質を持つことで、土地に根づいた魔女ともいえる同級生とすぐに親しくなり、そしてその同級生の母は、主人公の母がその土地に住んでいた頃に(つまり主人公たちと同じくらいの年齢の時に)友人同士だったことがわかる。この母娘四人は皆「魔法」に触発される資質を持っていて、それによって設定の段階ですでに母の層と娘の層とで、二つの時間の層が畳み込まれている。
ここでぼくなどは天沢退二郎の「三つの魔法」を思い出すのだが、このシリーズではそのような体系立った魔法の伝統(とその対立)があるわけではない。ただ、その土地でのみ、主人公たちは「モノ」に宿った魂の声を聞くことができる。そしてごく稀にだが、その「モノの魂」が何らかの理由で不安定な状態に陥ると、そのモノの周囲にいる人間に何らかの悪い影響を与えてしまう(モノの魂が意識的に人に危害を加えるのではない)。主人公たちはその「荒ぶる」魂の主を見つけ出して、説得して落ち着いてもらう(それが「ものだま探偵団」の仕事だ)。一作目では、母の持つ古い革のトランクを介して母の世代の時間の層が、二作目では駅の古い伝言板を介して主人公の祖父・祖母くらいの世代の時間の層が、主人公たちの時間の層に折りたたまれ、織り込まれてくる。特に素晴らしい四作目では、主人公よりもさらに若い、小学校低学年の世代の時間の層が、主人公たちの層に織り込まれてくる。ここでは、すでに母-娘連帯が可能なくらいには大人とコミュニケーション可能である主人公と、そのわずか二、三年前である低学年の女の子との間にある「世界の構成のされ方の根本的な違い」がとても鮮やかに描き出されていて、そのこと自体が物語の主題にもなっている(つまりこのお話は、タイトルからして一見「分身」の主題の変奏のようで実はそうではなく、そのようなあり方もとてもユニークで面白い)。もちろんここでは「断絶」が強調されるのではなく、違ったものたちの間にあり得る関係のあり方が問われている。
また、このシリーズでは、舞台となる「街」の土地や地形の描き方、つまり空間的なものの構築がとても面白い。小説によって空間(地形や地図的な意味での土地のあり方)を表現することはけっこう難しいと思うのだが、それがこのシリーズでは巧みになされていると思う。
(「街の地図」をつけたいところだが、あえてそれをせずに「文章」だけで表現しようとするところに気概を感じもする。)
土地の魔女である主人公の友人の母は、和菓子屋をやっているのだが、その店は「お茶の先生」だった祖父の茶室を利用していて、茶室があった頃は建物の外にあった(お茶をいれるための)井戸が、和菓子屋の店舗では建物の内部に組み込まれるようにに作られている。つまり、茶室と井戸とを覆うようにして和菓子屋の建物が建てられている。このようにして、空間のあり方が複数の時間をたたみ込んでいるようにある。
モノ(の魂)を介することで、空間の中に複数の時間の層が発見され、異なる時間の層が織り込まれていることが発見されることで、空間からまた新たな側面が発見される。
