2026/07/07

⚫︎AIが、ほんの数時間で出してきたリポートのファクトチェックが、かれこれ数ヶ月も尾を引いている。前にも書いたがこれこそが人類の未来という感じがする。AIはもはや、97パーセントくらいは(この数字はすごくいい加減な肌感でしかない)正しいのだが、まだちょこちょこっと間違える。それも、誤植やケアレスミスみたいなものではなく(そういうミスだったらそこまで目くじらを立てることもない)、自分がたてた推論に都合がいいように、ちょっとした細かくて目立たないところを誤魔化してくるみたいな、せこい自己正当化みたいな嘘が混じっている。AIはとても頭がいいので、それを見つけるのがかなり大変だ。

(あと、表現がやたら大仰で偉そう、というのもある。)

⚫︎これは、嘘や間違いとはべつのことだが、AIによって明らかに認識の解像度が上がるのだけど、それにこちらがついていくのが大変ということもある。AIがパパッと出してきた回答を、読んで理解するのがまず大変。もちろん、それを読むにもAIの助けを借りるのだが。そして、それによって認識の解像度が上がると、解像度が低い段階では決して間違っていなかった表現が、「間違いとまでは言えないが適切とは言えない」ことが見えてくる。しかし、通常、自然言語における表現では、必ずしも適切とは言えないことをあえて言うことで何かを主張するということは普通にある。そういうところまでいちいち「適切」な表現に変えていくと、間違ってはいないが何も言っていないに等しい文章、初めから「突っ込まれないようにする(リスクヘッジする)こと」だけを目的としているような文章になりかねない。とはいえ、明らかに不適切とわかってしまったものを、そのまま残すこともできない。これもまた、一つ一つのケースごとに、その都度都度で判断していくしかない。

⚫︎妙な喩えかもしれないが、「防災(人命尊重)」という正しい目的を掲げられてしまうと「再開発」に反対することは難しくなる。しかし、百年に一度程度の確率で起こることが想定される災害に備えるという理由で、人々が日々暮らしている中にある、親しみや美観や情感を手放してしまっていいのか、とも考えられる。「確率」を正しく理解し受け止めた上で、何かが起きた時のリスクを覚悟して、日々の生活における親しみや美観や情感の方を優先させるという考えは、決してお花畑ではないはず。

これもまた、ゼロか百かという選択ではなく、それぞれの土地の状況に合った形で、その土地なりの可能な(妥協案としての)落とし所を探っていくしかないという、つまらない常識的な話になる。