⚫︎ネットフリックスで「攻殻機動隊」新シリーズの2話目を観た。2話も、1話と同じく、ほぼ原作通りだった。
原作通りと言っても、アニメの演出やカット割りが原作マンガのコマ割りや構図に完全に準拠しているというほどではないし、セリフが一言一句そのままというほどではない。原作では小さなコマで処理しているようなところを膨らませていたり、セリフの一部省略や変更があったりはする。しかし逆に言えば、原作との違いはその程度しかない。シーンの順番が違っていたり、原作にはないシーンやセリフが付け加えられたりしているところは(原作をざっと確認した限りでは)ひとつもなかった。
いかにして「原作」の雰囲気に近づけるかに力を注いでいる感じ。
だから、原作の古さ(原作漫画は、昭和の最後の年 / 平成の最初の年であり、バブルの絶頂でもある1989年に始まっている)が、そのまま持ち込まれている。例えば、外務省の官僚とアラマキが会話している内容をみると、(そこまで詳細に情勢が語られているわけではないが、肌感として)国際情勢の感じが80年代から90年代のもので現在とは違うし、日本がまだ「経済大国」であるかのように振る舞っているように見える。それは、現在生きている我々(まあ、「わたし」だが)の感覚とはズレているという違和感がある。いわゆる「昔の未来(古い未来)」として世界が作られているように感じる(2029年という、たった3年後の近未来という設定だが、3年後にこうはなっていないだろうという「今ここ」と切断された感じも強くある)。ここから、もしかしたらパラレルワールドという設定なのかもしれないとも思うが、しかし、「ジークアクス」の後に「有名シリーズをパラレルワールド設定でやる」としたら、あからさまな二番煎じになってしまうので、おそらくそういうことはないと思われる。
ただ、明らかに原作と異なっている点が一つあって、それは「話の区切り方」だ。アニメの第1話は、原作の2話の途中で終わっていて、アニメの第2話も、原作の3話の中途半端なところで終わっている。なんでわざわざこんな区切り方をするのかが、ちょっと不思議だ。これはたんに、アニメの尺と原作の尺との違いが反映されているだけかもしれないが。
原作の草薙素子は、アニメ版が作り上げてきたクールなキャラとは大きく異なる。これもまた、80年代から90年代のアニメやマンガに登場する、エロい感じで、かつ、サバけた感じの年上(大人)の女性の一つの典型のようなキャラクターだ。たとえば、「エヴァ」の葛城ミサトが「サービス、サービス」と言っている時のモードに近いように思う。この感じのキャラも、昔はたくさんいたけど、今ではあまりみない(「80年代のオタク」的な表現という雰囲気もある)。この草薙に対しても「今までと違う」というよりむしろ「古いなあ」という違和感の方が強くある。原作よりもむしろアニメの方が「古さを盛っている」感じすらする。頻繁に赤面させる、というような表現も、昔っぽいなあと感じてしまう。
これは(わざわざ「アニメ」として)観なくてもいいんじゃないかなあという感じが強くあるが、しかし、円城塔が脚本だしなんか捻ってくるはずだよなあ、という思いもあり、次回もまた観るとは思う。
⚫︎Canvaで、ありものの素材と自分で撮った写真とを用いてざっくりと作った動画。