2026/08/10

⚫︎『嵯峨野あやつり異聞』(近本洋一)。図書館で借りた。エンタメ小説として、不思議なあり方をしていてとても面白かった。

物語の背景となる「設定」的なものがすごく分厚く作り込まれていて、登場人物たちもまた、その来歴や性質、あり方について、深い奥行きを持って作り込まれている。そして、そのような決して紋切り型には収まらない複雑さを持つ人物が大勢出てきて、それぞれしっかり描き込まれている。

(ぼくが読んだミステリの中で最も複雑さを感じさせる「刑事」のキャラクターが登場する。法月綸太郎以上に複雑な人物だと思った。刑事に限らず、一人一人の人物が本当に面白い。少女だけが、やや紋切り型かなあという感じではあるが。人物像として紋切り型というより、役割としてありがちかなあ、と。)

(追記。いやいや、法月綸太郎は「刑事」じゃない。)

そのように、あたかも長大で大きな物語が展開されるかのような「構え」ががっつりと作り込まれていながら、語られる物語は、京都の奥まったところにある高級リゾートで起こる一夜の出来事と、その前後譚という、極めてシンプルな形に収まっている。そこに込められた主題の大きさや内包される多様な展開可能性に対して、(一応ミステリと言えるような殺人事件 ? が起こるのだが)起こる事件はささやかで、あっさりしているとさえ言える。ボリューム的にも短めで、あっさりしている。

一般的にこういう主題を好む人はペダンチックになりがちで、たとえば京極夏彦なら、同様の主題で長大な物語を作るだろう。何も別の作家を持ち出さなくても、この作家(近本洋一)もまたデビュー作は、構えの大きな長大な物語だった(ぼくは読んでいないが)。

でもそっちには行かないというところが、この小説のユニークさだと思った。小さな箱の底が抜けていて、底なしの空洞がひらけているというか、赤瀬川原平の「宇宙の缶詰」のように、内と外とが反転して、小さな缶詰に宇宙が内包されているという感覚。小説の主題としては「中身」と「器」の関係ということだが、ぼくはこの小説から、内と外との反転のような感覚を強く感じた。

(「中身」の大きさに対して「器」がとても小さいことで、器の構造がとても複雑になって、内と外との反転が起こっている、という感じ。)

⚫︎アマゾンのレビューは参考にならないが、読書メーターは意外に参考になるとぼくは思っているのだが、読書メーターでのこの小説の評価がびっくりするほど低いことにびっくりした。なんでだ、こんなに面白いのに、と。確かに、ジャンル小説の定型みたいなものからは外れるような書き方がされていて、ややとっつきづらく、読んでいて戸惑うような感じがあるかもしれないが、その「戸惑い」まで含めて面白いのだと思うのだが。

この小説は2015年に出版されていて、この作家の小説はこれとデビュー作の二つしかない。10年以上小説の新作がない(ただし、2018年にすばるクリティーク賞を受賞しているということをWikipediaで知った)。これだけの小説を書いてこんなに評価が低かったら「やってらんねえ」という気持ちになるのも仕方ないかな、とも思う(「やってらんねえ」と思ったかどうかは知らないが…)。