●noteで、「わたしは知りたかった/柴崎友香『ドリーマーズ』論 (1)」を公開しています。このテキストの初出は、「群像」2010年2月号です。
https://note.mu/furuyatoshihiro
●引用、メモ。『錯覚と脱錯覚 ウィニコットの臨床感覚』(北山修)より。ノンセンス(という文化遺産)、ノンセンスの領域について。
《症状、夢、言いまちがいなど、無意味だと思われてきたものに無意識的な意味を発見したことで、フロイト精神分析は高い評価を受けてきたし、そこに隠された感情や不安の意味を見出すことが分析家の仕事であると一般に思われている。しかし、そうすることに意味があるのは、まさに意味があるときだけなのである。彼(ウィニコット)の発達の図式によれば、まだ体験が十分でなく意味のあるものmeaningfulになっていない前段階があり、それが経験されてから内容が意味のあるものになるまでの過程の重要性がいつも主張されているのである。とくに、その前段階では、体験は言語に意味づけの強要から解放されて、前意識的な言葉の意味づけは休息しなければならない。誰かに抱えられて自分が自分であって、環境からの干渉にいちいち反応しないという休息の時期を、彼は誰よりも重視しているのである。それが治療室で実現するとき、ノンセンスには言葉で分析し解釈すべき意味はなく、評価されるべきなのは「無意味」の含蓄であり、治療氏と患者の知的作業が休息する時空としての意味である。》
《筆者は、日本語で「無意味」と言うと価値のないことと聞こえてしまうことを避けようとするという目的だけのために、ノンセンスと書いているのではない。それは、英国の患者たちとウィニコットとが交流するという時にノンセンスを共有しともにこれを楽しむためのノンセンスの領域として、すでに英国国民が保護している文化遺産の存在を指し示すためである。》
ウィニコットはこのハンプティ・ダンプティを治療のなかだけではなく、理論を語るときにも登場させ、彼はハンプティ・ダンプティに自らの理論にそって大胆な象徴性を担わせていることが分かる。部分対象が統合され母親に対してアンビヴァレンツが経験されるようになりかける頃、同時に主観的対象は主観的な色彩を減じてさらに客観的なものとして知覚されるようになるわけであるが、そのきわどい瞬間について彼は次のように言う。
『この事態は最初こわれやすく、‘ハンプティ・ダンプティの段階’とニックネームで呼ぶことができるだろう。というのはハンプティ・ダンプティが危なっかしく座っている塀こそ、子どもに彼女の膝の上を提供しなくなった母親なのである』
塀の上から落ちてもとに戻せないハンプティ・ダンプティは、これを支える環境を失って解体した自分自身であり対象である。ところがこの精神病的で想像を絶する不安が、実にあっけらかんとリズムに合わせて歌われ楽しまれる限りはノンセンスの領域のものなのである。深く分析するならさまざまな深刻な問題をはらむ内容でも、それが治療者の「腕のなか」「膝の上」で歌われるなら、これを抱える治療者はその意味を理解して解釈しなくてよいのである。それがあるからこそハンプティ・ダンプティはこの今も子どもたちの幻想のなかで落下し破壊されながら、英国の老若男女の歌やキャロルのアリスの物語のなかに生き生きと時代を越えて生き残っているである。》