2019-08-17 

●huluで『カリスマ』(黒沢清)を観た。久々に観たのだが、思っていた以上に面白かった。1999年公開だから、もう二十年前の映画だ(「偽日記」も1999年からはじまっているのだが)

ぼくが黒沢清に最も熱狂していたのは97年から99年くらいの時期で(もちろん八十年代からずっと持続的に強い関心をもっていたのだが)---あくまでぼくにとっての、だが---黒沢清絶頂期の最後くらいに当たる作品。古い企画が復活したという作品なので(『地獄の警備員』くらいの)初期の黒沢清の要素と、Vシネマ量産時代以降の黒沢清の要素が混じっていつつ、初期やVシネマ期を自ら解体しているような感じもある。

『カリスマ』は100分ちょっと映画だが、最初の70分くらいは、中心的な問題があり、その問題に対する態度の違いによる各陣営の対立がある、という形で進んでいく。しかし最後の30分は、その問題が消えてしまった後というか、そもそも問題は偽の問題に過ぎなかったかもしれず、問題が消えてしまえば、問題を問題として支えていた基盤のようなものこそ成り立たなくなってしまうという様が描かれる(カリスマの木は、ある意味で「父の名」のようなものだ)。それにより、対立していたどの陣営も、どの人物も、方向を失って狂っていくという展開になる。この映画には、問題と対立があり、問題の崩壊にともなう対立の崩壊があり、問題と対立の崩壊にともなう各陣営のアイデンティティの崩壊があるばかりで、解決や結論というものがない。秩序は壊れ混乱し、対立による均衡でギリギリに抑えられていた暴力と死が、にじみ出るように至る所に蔓延し出す。

そんななか役所広司が、一人勝手に、まったく何の根拠のない新たな問題をたちあげる。彼こそが、新たな世界のありようの指針を示してくれるのではないかと期待する人もいるが、彼の行為からは根拠も意味も共同性も何も見いだせないので、誰も彼の行為を理解できず、結局は彼のもとを去る。だが彼は理解されなくても意に介さずに、無意味としか思えない行為を淡々とつづける。だが、そうしているうちに何故か、彼の無根拠な行為に、周りの人々の方が、勝手に根拠を付与しはじめる。そしてそこにまた、縮小再生産された対立の構図が生まれそうになると、役所広司はそれをあっさり破壊する。だから秩序は与えられず、誰も依って立つ場所を見いだせない。

この映画では一番最初に、「世界の法則を回復せよ」という呪文のような言葉が与えられる。この言葉は、『地獄の警備員』における「知りたいか、それを知るには勇気がいるぞ(うろ憶え)」と同様、映画そのものを縛ってしまうほどに強いフレーズとしてあるだろう。しかし『カリスマ』においてこのフレーズは、解体され、無力化されてしまうものとしてある。

そもそもこのフレーズは正確とは言えない。「世界の秩序(あるいは規則)を回復せよ」ならば分かるが、「法則(少なくとも自然法)」は、瓦解したり、失われたりしないし、よって回復されることもないものだ。世界(宇宙)は、法則の上にのって存在しており、法則の外に出ることは原理上できない。秩序や規則であれば、崩壊したり回復されたりもするが、法則(自然法)とは、誰がどうあがいても常に正確に作動してしまうもののことだろう。なので、「知りたいか、それを知るには勇気がいるぞ」は、映画を決定づける決めフレーズになり得るとしても、「世界の法則を回復せよ」は、適切ではないことによって決めフレーズたり得ない。役所広司はおそらく、映画の最初の70分の展開のなかでそのことに気づいたのだろう。彼の口から出る「あるがまま」という言葉は、「法則」は常に正確に作動し、誰もその外に出ることができない(故に、「回復する」こともできない)という事実を意味しているだろう。彼の視点や行為は、人間たちの秩序や規則や倫理の外にある「法則」の側からのものとなっている。

(自由も服従も「人間的価値」であって「法則」ではない。対立構図を成立させるための共通の人間的基盤がなければ、対立---違い---の根拠となる「(依って立つ)価値」が成り立たないので、「あるがまま」とするしかなくなる。)

(破壊された二番目のカリスマの木の残骸から新芽が出ていることもまた「法則」の側の出来事であり、「価値」の側の出来事ではない、と、役所広司は考えるだろう。)

法則は善悪の彼岸にあり、役所広司はその位置から世界を見ている。しかし、映画はここで終わるのではない。対立構図の縮小再生産を避けるために松重豊を銃で撃った役所広司は、彼をそのまま死なせることなく、応急処置をして病院まで運び、生きさせようとする。これは彼の意思であり、最低限の倫理だ。法則の世界から倫理の世界へ、「あるがまま」の世界から「人間的価値」の世界へ、役所広司も結局は戻ってこざるを得ないのだ。

しかし、森のなかでの対立構図が崩れてしまった後、一体「何処」に戻ればいいのか。戻る場所は自明ではない。それどころか、彼には戻る場所など何処にもないからずっと森にいたのだし、戻ろうとしている先は何故か焼け野原になってさえいる。だからこの映画には結論も解決もない。森のなかで善悪の彼岸に位置に達し、「怪物」と化したかもしれない役所広司もまた、人間の世界へ「戻ろうとする」ほかないのだ。しかし、戻ろうとしたからといって、戻れるとは限らないし、戻る場所があるとも限らない。

既に戻るべき場所などありはしないのに、それでも戻ろうとする意思(松重豊を生かそうとする意思)によって行動すること。この根拠のない意思こそが役所広司(「あるがまま」ではない、人間的な)狂気であり、彼はこの狂気によって(他の人たちが陥っている狂気である)混乱を免れているとも言える。でもこれは、解決とは言えないし、出口もない。

 

2019-08-16

YouTubeを次々と渡り歩いて音楽を聴いている時に、ゴダイゴの「ホーリー&ブライト」という曲に行き当たり、その響きから唐突にウェザー・リポートを想起した。ウェザー・リポートという存在について思い出したのがすごく久しぶりで、特にそれほど思い入れがあるわけではなかったが、昔、聴いたなあなどと思いながら、検索してライブの動画を聴いたらとてもかっこよくて、長時間聴き入ってしまった。

(動いているジャコ・パストリアスを観たのははじめてだったが、さすかに超かっこいいな、とか。)

ホーリー&ブライト ゴダイゴ

https://www.youtube.com/watch?v=b52q65Xnk-Y

Weather Report - Birdland

https://www.youtube.com/watch?v=i8q6sR6yZCE

Weather Report (with Jaco Pastorius) live in Montreux - 1976

https://www.youtube.com/watch?v=rABZKiAeIU4

SUKISHAkiki vivi lilyのコラボの新曲、きた。

SUKISHA × kiki vivi lily - Pink Jewelry Dream [Official Video]

https://www.youtube.com/watch?v=KvmmnAmHKVA

iriという人、声が面白いし、とてもよい。

iri - Wonderland (Music Video Full Ver.)

https://www.youtube.com/watch?v=3WlOZTy072k

 

 

2019-08-15

YouTubeにあった「高橋洋×黒沢清トークイベント 『霊的ボリシェヴィキ』の様々な“謎”が解決‼」という動画で、高橋洋が、「霊的ボリシェヴィキ」という概念の提唱者である武田崇元の言葉を引用している。《自分が書いた本じゃなくても、俺に霊的著作権がある》。霊的著作権……。「霊的」をつけるとすべての概念が崩壊していく、と。

https://www.youtube.com/watch?v=nMmPpNSg1zs

高橋洋の生家の「封印された二階」の話を、以前どこかで聞いて、それ以来ずっと気になっているのだけど、『霊的ボリシェヴィキ』関連の記事で文字になっていた。

「20年の時を超えて甦る概念『霊的ボリシェヴィキ』とは? 高橋洋×武田崇元 対談」(月刊ムー公式ウェブ)

http://gakkenmu.jp/column/14585/

《僕は昭和34年に千葉県の田舎で生まれました。両親が結婚して住んだのが、木造のすごく古い2階建ての一軒家。茅葺屋根で、2階は雨戸を締め切った状態で、両親と僕は一階で暮らしていました。

それで、庭に出て遊んでは2階を見上げて、自分は2階に一度もあがったことはないということに子ども心にも気づいたんですね。2階があんだから階段もあるよねと思って捜すんですが、ない。親に聞くと「ないのよ、もともと」とかいう。

子どもだから真剣に追求するわけでもなく、1階だけで暮らしていました。》

《それでトイレに行く廊下がL字型に曲がっていて、夜中はとても怖い。何かいるっていう感覚があって、今夜こそ何かを見ちゃうかもって思ってたんだけど、何もいない。だから慣れていって、今夜も大丈夫だろうって油断してたら……出た。》

《白いもやっとした、半なかば人の形のぼんやりしたものがいた。廊下を曲がったどん突きのところにふわっと。見た瞬間に身体中がぶるぶるぶるって震えて、気がついたときには父親が頬ほおを張りながら、いったい何があったんだって……。

それはそれで終わったのですが、その白いのが現れたのがどん突きの納戸の扉。そこが気になって仕方がない。昼間、まだ明るくて怖くないときに納戸の扉を開けて、なかにあったものをぜんぶ出して調べたら、そこに階段があった。

で、「階段あるじゃん」と思ったら、途中でベニヤ板で釘が打ちつけられて塞ふさがれていた。親に聞いても知らないというんですね。ところが妹が生まれると、手狭になったから子ども部屋を2階に作ることになった。》

《大工さんたちが納戸の隠し階段のベニヤを壊すのを待ちかまえて、その後について2階にぱあーっと入ったら、蒲団が敷きっぱなしで、小卓にお茶碗とかも置いたままで、ある時点で時間が止まったような部屋だった。「いったい何?」って親に聞いてもわからない。うちの親の性格として、隠してるんじゃないんですね。ほぼ興味がないんです。僕はすごく興味があるから、「どういうこと?」って聞くんだけど、「わかんないな」という反応なんですね。》

《2階は僕たちの子ども部屋に改築されて、だから中学、高校はそこで……。》

●二階があるのに階段がない。あるいは、二階建ての家に住んでいるのに二階をないことにして生活している。二階は、あるのにない。自分たちが普段生活している空間の直上に、アクセス不能となった不可知の空間がのっかっていることが明らかであるのに、その明らかさを---そして確かにそこにあるはずの空間の内実や封印の由来を---あえて問題としないでやり過ごしている。半ば無意識的であり、半ば意識的に選択されたのでもあるような無頓着さという心のありよう。日常的で親密な圏域に「何らかの欠落があること」への無関心。あるいは、そのような欠落との共存。(高橋家の両親の)この感じが、ぼくの心のなかの何かをとても強く喚起する。

(そして、妹が生まれて手狭になった、というきわめて即物的な事実によって、この、無意識的な禁忌というか、欠落との共存があっさり破られてしまう、というのもとても興味深い。)

子供の頃、実家の一階と二階の間にある「封印された中二階」の存在を、(もちろん実際にはないのだが)とてもリアルに感じていたのを思い出す。

2019-08-14

U-NEXTにあったのを見つけて、加藤泰の『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966)を観た。かっこ良かったし、「映画」だった。

もぬけの殻になった部屋によって池内淳子と息子が突然姿を消したことを示し、その後に一年の時間経過を示す雪の降る短いカットが挟まって、その次にくる、一人残された中村錦之助がどこかの宿屋で一人で飲んだくれているフィックスの長回しの場面(この映画ではじめて中村錦之助が「弱み」をみせる場面)を観て、うーん渋いなあと思い、(最近の映画をあまり観ていないので分からないのだが)今でもこんな「映画」っぽい演出をする映画作家はいるのだろうか、と思った。タランティーノとかがやっているのだろうか。

(形式としては全然違うのだが、空気感として『セーラー服と機関銃』を途中で何度か思い出した。)

加藤泰を熱心に観ていたのはもう三十年くらい前のことだと思うが、自分が思いの外影響を受けていることを感じた。自分が普段、物を観ている見方の多くが、加藤泰フレーミングやカット割りからきているのだなあ、と。

任侠映画というのは悲劇の大衆化した形式だと思うのだけど、多くの人に「共感」をもって受け入れられる人の内面のあり方というのは社会のモードによって大きく変わるので、この映画に出てくる登場人物たちの「心情」を自然に受け入れ、共感できるような人はどんどん減っているのではないかと思う。

(この物語を自然に受け入れられる人は「近代的な内面」とはほど遠い人だろう。普通は、「一宿一飯の恩義」って何だよ、ということになると思う。でも、その心情が分からないと「悲劇」が作動しない。)

ぼくとしても、この映画ではあまりに人の命が軽く、次々と簡単に人が死んでいくのに物語がそれに無頓着なようにどんどんすすむので、そのことに対してかなりの抵抗を感じているのに気づいた(昔観た時は、たんにそういう「形式」なのだと思って流して、そんなことは感じなかった)。ヤクザ者に限らず、人々の気がとても荒いようにみえるし、死に対してとても淡泊であるようにみえる。これは時代の変化なのか、それともぼくの心が弱っているということなのか。

(確かに、昔の人は今の人よりも気が荒かったように思う。)

(これが、完全に非人間的なモードで進む映画ならそういうものとして観られるが、多くの人が簡単に死んでいく一方、中村錦之助池内淳子には心情が乗るような話になっているので、そこにギャップを感じてしまう。)

心情や内面や共感のモードが、時代とともに大きく変化していくのに比べ、視覚的な強さや空間認識への感覚はほとんど変わっていなくて、今でも新鮮だし、とてもすばらしいと感じた。

(時間---物語が進行する時間---の感覚にかんしては、心情や共感ほどではないにしても、多少違いがでてきているのかもしれないと感じた。)

 

2019-08-12

●七十年代の終わりから八十年代のはじめ---バブル前夜---へと、時代が移っていく時の雰囲気(あくまでぼくの記憶のなかにあるイメージとしての)を、女性アーティストの好きな曲を並べて示そうとしてみた。

マイピュアレディ 尾崎亜美 1977

https://www.youtube.com/watch?v=bosN6R3TPbU

クリスタル・ムーン(太田裕美) 1978

https://www.youtube.com/watch?v=O5dyrT6KEXQ

"カルディアの海" / コシミハル ("Sea of Kardia" / Miharu Koshi) (1979)

https://www.youtube.com/watch?v=sL4a4tE9R38

竹内まりや September 1979

https://www.youtube.com/watch?v=quCwolLrzSg

Yuki - ドゥー・ユー・リメンバー・ミー (岡崎友紀 1980)

https://www.youtube.com/watch?v=f51yY98qW-E

矢野顕子 - 春咲小紅 1981

https://www.youtube.com/watch?v=t6lP3F6xTnw

大貫妙子色彩都市 1982

https://www.youtube.com/watch?v=R_Jb3zR7LHY

薬師丸ひろ子「すこしだけ やさしく」 1983

https://www.youtube.com/watch?v=GG1mYX9YVW0

●ぼくにとって、風俗的なレベルで80年代初頭の記憶やイメージと直接的に結びついているのは、坂本龍一のアレンジワークの音色と来生たかおの感傷的なメロディなのだが。

飯島真理 ブルーベリー・ジャム 1983(編曲・坂本龍一)

https://www.youtube.com/watch?v=mhoJAXZqAY8

原田知世 ときめきのアクシデント 1982(作曲・来生たかお)

https://www.youtube.com/watch?v=PTbmW88jmiM