2020-04-09

文學界新人賞を受賞した「アキちゃん」はとても(捻れたところのある)面白い小説で、受賞作家の三木三奈は(曲者的な)要注目の作家だと思う(「文學界」五月号)。小説の「解釈」については、東浩紀が選評で書いていることにほぼ同意する。また、選評で長嶋有が触れていた「叙述トリック(ズル)」について言いたいことがあるが、それについては来月の「新人小説月評」で。

 

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2020-04-07

●多くの人が、在宅でひきこもっている時間をどう過ごすかということを考えているこの時に、ぼくには、これから二ヶ月半くらいにわたって、(いくつか事柄が重なって)忙しく余裕のない、あわただしい時期がやってくる(作業の進み具合にもよるが、まる一日休める日がないかもしれないという恐れも…)。この日記もしばしば滞ることになるだろうと思う。

(それらはすべて、ひきこもって一人でする作業だ。)

●そろそろ文芸誌が発売されるので、まず、ここから19日くらいまでにかけて「新人小説月評」の仕事に追われることになる。

先月の終盤くらいから、海外在住のユーチュバーが、各々、自分の住む街や地域の状況、様子について、その変化について配信(発信)している動画を、いくつもいくつもはしごして、いつまでもだらだら観てしまうという悪癖が生じてしまい(特にこれといった新しい情報があるわけではないのに、気になってやめられない)、それによって多くの時間が使われて、読みたいと思っていた本もほとんど読めなかったし、期間限定配信されている映画もあまり観られなかった(気分がそういうモードにならなかった)。それに比べれば、強制的にPCの前から離れさせられ、次から次へと決められた小説を読むことに縛り付けられるようになることは、悪癖からの切断の契機となって、精神的には良いことかもしれない。

(普段から、散歩には行くけど、自宅かアトリエに引きこもって、月に何回か外---都心とか---に出るという生活なので、東京に行くのをやめるという以外は普段と変わらず、生活としては、今のところほぼそのままの感じだが。)

2020-04-06

●双子のコンストラクション(同じ大きさの二枚の正方形の紙に、まったく同じ切り込みをいれて、その二枚を組み合わせてつくる立体)。おなじものを二つの角度から撮った。

 

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2020-04-05

●複数の異なるレギュレーションを実践して、その間を行き来すること。そしてその、いくつもの根本的に異なるレギュレーションを貫いて、共通している「何か」を、探り、追求し、掴むこと。

レギュレーションの異なる複数のものを並置することで、その「何か」を提示できるのか。というか、複数の異なるレギュレーションを並置することによってしか示せない、その間にある「何か」を提示しようとする。そのようにしてしか示せないことを示そうとすること。

●作品において、みえるものをできる限り繊細につくることを通じて、みえないものを示そうとする。ここでみえないものとは、表層に対する深層ではなく、まず第一にはその構造であり、さらにその構造が示す空隙(盲点)である。作品によって示される空隙(というか、作品の構造に穿たれた空隙)は、そこにあるはずなのにない、にもかかわらず、それが「ない」ということがみえない、という、二重の不在という形をとる。この二重の不在とは、内側に入れ子的に仕込まれた(入り込んだ)外側のことだ、と考えられる、内側があることによって----内側によって包摂されることで---はじめて示される(暗示される)外側。作品は、その内側に外側を抱え込んで、それを暗示する装置ではないか。