2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

●武蔵野美術大学の芸術祭で郷正助の作品を観た(5A号館309A「四面」)。衝撃的というのではない。いままでに観たことのない新しい才能というわけでもない。それは、ぼくが今までもよく知っていたオーソドックスな絵画の一つだ。そして、たんに絵画として飛び抜…

●出かける前になんとなく想定していた気温より、実際に外に出てみるとあたたかくて、身構えた体が、構えをかわされたようにふわっとして、だらっと漂うような緩んだあたたかさのひろがりが、はやく暮れてしまって、まだ夕方なのにもう暗くて、ネオンやショー…

●お知らせ。「ユリイカ」11月号(特集・若冲)に、「「動植綵絵」を観る複数の時間」という文章を書いています。それから、これは一度ダメになって、ここにきて急に復活した話なので、またダメになることのないようにという祈りの意味もこめて書いてしまいます…

●作品に触れている時、「私」とは、作品によって見られた夢にしか過ぎない。 だがしかし、作品は常に、既に言語の網の目のなかに置かれている。それは、私が常に、既に言語の網の目のなかに位置づけられていることと同じだ。言語は、徹底して私の外側にあるも…

●私は「私」という素材しか持っていない。作品に触れる時、その貧しさが露呈する。作品は、その貧しさのなかにしか現れない何かだ。私と誰かが同じ作品を並んで観ていたとしても、隣にいる誰かの頭のなかに結像している作品の姿を、私は見ることが出来ない。…

●作品を経験する時、とりあえずいったんは、その作品のすべてを受け入れなければならないと思う。好きなところも嫌いなところも。すごいと思うところも疑問を感じるところも。受け入れるというのは、それがそのような形になったことのすべてに必然性があると…

●頭がどんよりしてきたら、短い時間眠る。淀んだ頭で仕事をつづけてもろくなことはないから。制作中でも、絵の具だらけのアトリエの床に横になって、筆を拭く時に使うキッチンペーパーのロールを枕がわりにして寝る。今日の短い昼寝では夢を見た。自分が住ん…

●ドンドンとドアを叩く音で目が覚める。きっと原稿料だと思って、寝ぼけたままドアを開ける。湿った空気と雨の匂いが部屋に入ってくる。粒の細かい雨だ。サインして、書留を受け取る。書留と一緒に、スーツを買った店からのDMも渡される。 傘をさして部屋を…

●お金がないのはいつものことだが、それにしてもお金がない。喫茶店へ行って、一杯三百円のコーヒーで粘って、本を読んだり、原稿について考えたりすると、もう、それ以上ほとんど使えるお金がなくなる。お腹がすくと、ご飯を炊いて醤油を垂らして食べる。土…

●小説には地名や固有名が書き込まれるが、では、絵画や写真ではどうなのだろうか。例えば、写真は、必ず「どこか」を「いつか」撮影したものであるから、それは常に現実と、そして特定の場所や時間との関係をもつ。しかしそれは、地名や固有名としてではなく…

●歩道橋を渡っていると真下をバスが通り、バスの屋根に光りが当たってまぶしいほど反射していて、そこに街路樹の影がさっと流れるようによぎった。 ●緩やかな坂を下っていて、見下ろしたところにある小学校の校庭の隅にある、小さな、水の張っていないプール…

●次に作品論を書く予定の小説を地図を参照しながら読んでいて気づいたのだが、その小説集の表題作には具体的な地名が書かれていない。正確には、「東京」とか「イラク」とか「ロンドン」とか、そういうざっくりした地名は出てくるけど、舞台となる「ここ」の場…

●可能涼介さんから本を送っていだいた。文藝賞のパーティーでお会いした時、本を送るから住所を教えてくれと言われていたのだった。可能さんは、本人のイメージと「可能涼介」という字面のイメージとがどうしても一致せず、目の前にいる人が可能涼介だと知っ…

●スイッチポイントの「希望の技法」(http://www.switch-point.com/2009/0920aoh.html)は、もう一度ゆっくり観たいと思っていたのだが、いろいろ忙しくて最終日になってしまった。最終日だったので作家が全員いて、だらだら長居をして話しをしている流れで、作…

●東向島のC.A.Factoryで、神村恵新作ソロ公演「次の衝突」。東武伊勢崎線にはじめて乗った。浅草駅を出るとすぐに隅田川を渡り、とてもゆっくりとした速度で、古い家屋と倉庫が、積み木みたいに隙間無く並ぶ下町っぽい風景のなかにはいってゆく。…

●昨日というか今朝なのだが、午前三時過ぎにアパートの上空をヘリコプターが飛ぶ音が聞こえて目が覚めたた。何かあったのだろうか。 ●読んだのは昨日なのだが、青山七恵「山猫」(『かけら』所収)を読んだ。以下は、まだこの小説を読んでいない人は読まない方…

●その気になっていたので、かなりがっかり、という電話を受ける。電話を受けた時は、まあ、そういうことも当然あり得るだろうなあという感じだったのだが、時間が経つにしたがって、だんだんとダメージが大きくなってくる。この話自体にダメージを受けるとい…

●誰かによって一度でも考えられたことは、この世界のなかで実現される可能性をもつ。それは、強く思えば願いは叶う、ということとは違う。おそらく、個人という単位においては、願いは多くの場合、現実的には叶わない。人は失望とともに生きる。しかし、誰か…

●お知らせ。「ユリイカ」10月臨時増刊号/特集ペ・ドゥナ(http://www.seidosha.co.jp/index.php?%A5%DA%A1%A6%A5%C9%A5%A5%A5%CA)に、「スウェットの女/ポン・ジュノにおけるペ・ドゥナの存在」が掲載されています。 ●ようやくガスが来るようになったので、…

●うすうす勘づいてはいたのだが、そうじゃないといいなあという願望によって見えないことにしておいた事を、他人から指摘されることであっさりと納得出来るということがある。「いや、ぼくもそう思ってはいたんだけど」って、だったらはじめからそうしとけよ…

●昨日、電話代と一緒にガス代の滞納分を支払ったのだが、土日のせいなのか、まだガスは通らない。シャワーを水で浴びるには、ちょっと辛い季節になった。冷たい。身がひきしまったと思うことにする。パソコンが原因不明の不調になり、いろいろいじっているう…

●原稿を書いてメールで送ろうとしたら電話回線がとめられていた。 ●原稿が書けたので、「未明の闘争」(保坂和志)の連載一回目をゆっくり読んだ。ぼくは『カンバセイション・ピース』からはタルコフスキーにとても近い感触を感じるのだけど、「未明の闘争」の…

●朝はやく起きて、東京国立博物館へ。本当なら、東博にはまる一日いてもとても観切れないほど面白いものがたくさんあるのだし、前庭の巨大なユリノキの下にあるベンチでぼーっと樹を見上げているだけで半日くらいすぐに経ってしまう(今日はとてもいい天気だ…

●国分寺のスイッチポイントで「希望の技法」(榎本裕一、はい島伸彦、福田文彦、吉尾幸一郎)http://www.switch-point.com/2009/0920aoh.html。オープニングがすごい盛況で、美術関係の知り合いの人や初対面の人と一日で大勢会って、目が白黒した。それで展示…

●夜中に目が覚めた。雨が強く降っている。強い雨の時に部屋にいると、雨の音は聞こえるが、雨の音で他の音が遮断されているので、自分の今いる部屋が他から切り離されて、たとえばポツンと海の真ん中に浮かんでいるとか、密林のただなかに一軒だけあるとか、…

●お知らせ。「群像」11月号に「死を置き換える/『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』論」が掲載されています。それと、「文藝」冬号の、「自分の小説観を変えた三冊」というアンケートに答えています。 ●日曜にデジカメの動画モードで撮った動画…

●昨日、一昨日はデジカメをもって一日中外にいたのだが、今日はずっと喫茶店にこもって原稿を書く。絵画について書くのは、今のぼくにとってとても苦しい感じだ(「絵画を描くのは」ではない、念のため)。絵画について、「批評」みたいな形で書くのは、なんか…

●新しいメモリーカードを買って散歩に出て、デジカメの動画モードで撮影してみる。三千円弱くらいの2GBのカードで、動画だけだとだいたい一時間半くらい撮影できるみたいだ。ビデオカメラを持っていないので、動画が撮影できるのはこれだけ。携帯のカメラは…

●昨日観た小林耕平に早速影響されて、散歩しながら、デジカメの動画モードで動画を撮影してみたりする。とはいえ、小林耕平の作品とは似ても似つかない、たんに、デジカメで、数十秒持続するだけの映像を撮って、それをデジカメのモニターで再生して見る、と…

●白金の山本現代(http://www.yamamotogendai.org/japanese/exhibition/index.html)で、小林耕平「右は青、青は左、左は黄、黄は右」。すっごく面白かった。目から鱗というか、ヴィデオという装置はこの作品のためにこそ開発されたのではないかと思うくらいだ…