カラスが上空を飛ぶ。その影がぼくの身体の表面を横切って通り過ぎる。
急降下して、地面すれすれを低空飛行するカラスの、すっと長くのびた羽根。そのしなやかで激しい動き、羽ばたき。
大きく羽根を横に拡げて、ゆったりと上空を旋回する、数羽のカラス。
工事現場を、道路から隔てるために建てられた鉄の壁が、いつの間にか、へんな配色でみょうちきりんに、カラフルに色が塗られていた。なんでこんなことするのか。別にぼくがやった訳でもないし、指示したのでもないけど、なんか恥ずかしくて、いたたまれなくなる。
緑地のなかでどんぐりを拾う。それを投げる。木の幹に当たってたつ、コーンという乾いたひびき。斜面を、三毛猫がいそいそした感じて登ってゆく。
『海ひかり 空に色なき 木の芽どき  哲朗』(卓上カレンダーより)
1羽だけで、木のてっぺんに留まって、辺りを見回すカラス。飛んできて、木の上に留まるときの、着地のその正確さ。羽根を折り畳む動作の、しなやかな流れ、速さ。鋭く尖った、黒光りするクチバシ。きれいに正確に畳まれた羽根。鋭角的に上方へしゅっと跳ねている尻尾。
緑地のなか、池へと降りてゆく道の途中に、さかりのついた時期の猫の尿のような、キツい臭いがする場所がある。なんの臭いなのかわからないけど、一昨日も同じ場所で、同じ臭いがした。
夜、BSで、辻仁成アメリカ横断鉄道に乗って旅をする、なんていう番組をみてしまう。つまんない、くだらない。ここには、電車で移動する、という時間の流れがほんの少しも定着されていない。それにしても辻仁成ってなんてカッコ悪いんだろう。
メキシコとの国境の町、エルパソ国境警備隊にある、国境部分に設置された監視カメラのモニターが、何十台も置いてある部屋は凄かった。まるでヴェンダースの『エンド・オブ・バイオレンス』そのもの。テクノロジーはあらゆるものを管理することを可能にしてしまう。どうやってその隙間をみつけたらよいのか。
エルパソでは、毎日300人以上のメキシコから不法に入国しようとする者が逮捕される。しかし、そのうち麻薬などの凶悪犯罪に関わっていない者は、その日のうちに釈放される。だから次の日には再び国境を越えようとして、また捕まる。延々と、毎日それのくり返し。そのなかでたまたま、運よく見つからずに国境を越えることのできた者は、2、3ヶ月アメリカで労働して小銭をためて、家族のいるメキシコの故郷の村に帰る。メキシコからアメリカへの入国審査は厳しいが、アメリカからメキシコへ行くのは、ほぼフリーパス状態。そんでまた金がなくなると、国境を越えようとして・・・。
国境を隔てるフェンスの前に感慨深げにたたずみ、くだらねー事を口走る辻仁成は、ロックシンガーとは思えないほど、不様にみえた。
そのままつづけて、『手錠のままの脱出』を観る。50年代末期のアメリカ映画。アカデミー章を受けているらしいけど、大した映画じゃない。大した映画じゃなくても、この時期のハリウッドの90から100分で終わる映画のリズムは、無駄が無くきびきびしていて気持ちがいい。スタンリー・クレイマー監督。トニー・カーチスシドニー・ポワチエ主演。オープニングの10分は無茶苦茶カッコよかった。
深夜。外にでてみると、サイレンの音をたてずに、パトランプだけを点滅させているパトカーが、真夜中の道路をゆっくりとした速度で静かにはしり抜けていった。風もない、静かな夜中。