●いやな夢。ぼくはどこか遠くの街に滞在して仕事をしていたのだが、そこではどうしても手に入らないものが必要となり、仕事の途中で新幹線に乗って地元まで戻ってきている。地元でそれを手に入れて、再び出かけようとすると、雨混じりの重たい雪が降ってくる。傘を探して開いてみると、趣味の悪い派手な柄のもので、それ以外は貧弱で壊れかけたビニール傘しかない。ぼくは急いで戻らなくてはいけないという気持ちでイライラしている。仕方がなく貧弱なビニール傘をさす。これから遠くの街まで戻ることがひどく面倒で、自分はなんと効率の悪いことをしているのだとさらにイライラしてくる。目の前には、洗面器より一回り大きいくらいの金盥にごく浅く牛乳を入れたものを、こぼさないように慎重に運んでいる小学生くらいの女の子の二人組がいる。金盥の両端をそれぞれが持っていて、中の液体はゆらゆら揺れている。二人は道をふさいでいて、ひどくゆっくりしか進まない。苛立っているぼくは乱暴な感じで二人を追い越す。追い越してから、自分の乱暴さに嫌気がさす。
だが何故か、橋の手前でその女の子たちに追い抜かれる。橋の幅は狭くて、橋の上で二人を追い抜くことはできない。しかも、橋には手すりのようなガードがなくて、バランスを崩すと川に落ちてしまいそうだ。ぼくはいつの間にか、手にキムチとブロッコリーの乗った皿を持っている。橋の上で女の子たちはさらに歩みを遅くして、ほとんど前に進まない。後ろからも人が来ているので、橋の上は渋滞のようになる。ぼくはどんどんイライラが増してくるのを抑えることができない。女の子たちはとうとう、橋を三分の二くらい渡ったところでまったく進まなくなってしまう。急いでいるので先に進んでほしいと声をかけても無視されるので、次第に声を荒げ、口調も乱暴に、攻撃的になってゆく。後ろにいる人たちからも非難の声が聞こえてくる。
ふと気づくと、二人の前にもう一人、帽子を目深にかぶってほとんど顔の見えない中年の女性がいることに気づく。彼女は二人の保護者なのだろうか。よく見ると口の周りに無精ヒゲが生えていて、女装した男性なのかもしれないと思う。イライラが増すのはぼくだけではなく、後ろにいる人たちの声も次第に荒く、大きくなってゆく。
女性が帽子をとると、顔に血の気がなく肉が崩れかけているようで、右目は白濁し、左目は異様に充血し、口が耳ちかくまで裂けている、異様な顔をした男だった。男は、ぼくや後ろにいる人たちに向けて、過去の重大な罪を糾弾するかのような視線を送ってくる。というか、男の顔は、ぼくに、強い恐怖とともに強い罪の意識を惹起させる。
ぼくや後ろの人たちは、恐怖と罪の意識を誤魔化すかのように、さらに語気を荒げて、非難を男に集中させる。男の手は浅黒くしわくちゃで、先の尖った爪を長く伸ばしている。男は何か裁きを下すような言葉を言い、手を伸ばし、その長い爪でぼくの首の後ろあたりをひっかく。痛みというより、キンキンするような、とても不快な感覚が脳天から体を貫き、その痕には大きなカサブタができる。その感覚があまりに不快なので、イライラも萎え、ぼくは、もうすべてのことをあきらめるしかないのだという気持ちになる。先にも進めないし、後にも戻れない、少し気をゆるめると川に落ちてしまいそうだが、しばらくこの橋の上にいることに耐えるしかない。そうか、川に落ちてみるという手もあるのか、と思うが、その勇気はない。
しばらく気を失っていたか眠っていたようで、気がつくとぼくは橋の上で一人で横たわっていた。手に持っていたキムチが散乱し、ズボンにはキムチの染みがついていた。キムチそのものはパサパサに乾燥していて、手で潰すと粉状になる。ぼくは、今日一日、このキムチの染みと臭いとともに過ごさなくてはいけないのかと、とても重たい気持ちになって、橋を渡る。
目が覚めてからしばらく、こんな夢を見てしまった自分はもうまもなく死ぬのではないかという恐怖が、なかなか退いてくれなかった。
(こうやって言葉にしてみると、意味としては性的なニュアンスも感じられるけど、感覚としては、苛立ちと恐怖と罪の意識と徒労感が、抑制がきかない感じで暴走している感じだった。特に、男の顔に対する恐怖というのが、目が覚めてからの死への恐怖とつながっているように思われる。あと、ぼくの夢にはよく金盥が出てくるのだけど、これはおそらく吉田喜重の映画『人間の約束』に出てくる金盥からきているのだと思う。ブロッコリーとキムチは、寝る前に軽く飲んでいた時のツマミだ。)