蒸し暑い夜

●蒸し暑い夜。どこかのビルのボイラーが駆動する音がゴウゴウと唸っている。狭い一方通行の車道を、二列になって車がひしめいている。先の信号でつかえて、なかなか進まない。歩行者は、そんな車の隙間をすり抜けて、信号も横断歩道も関係なく、ぽろぽろと横断してゆく。道路を隔てた向こう側、一階がゲームセンターのなっているビルの出入り口のすぐ横にある自動販売機の下で、黒い猫が、だらっと地面に身を横たえている。ビルに出入りする多くの人の足に、いつ踏まれてもおかしくない位置なのに、完全にリラックスしているように見える。(見ている方が、いつ踏まれるのかとヒヤヒヤする。)路上で「拾った雑誌」をベニヤ板の上にひろげて売っているおばさんが、猫に近寄って頭をなでても、まるで警戒する素振りもなく、なされるままになっている。その太ったおばさんは、黒い半袖のTシャツの袖を、くるくると巻き上げてタンクトップのようにしている。一方通行の道路にいる車の七割くらいがタクシーだ。最近ではタクシーの屋根の上にさえも広告が載っている。排気ガスとホコリでザラザラした空気は、やせ細った街路樹の葉をびくりとも動かさないくらいに淀んでいる。ガードレールの隅にビニール袋がひっかかっている。建て替えられたばかりの四階建てのパチンコ店は、全ての階でガラス窓が大きくとられていて、そこから、真っ白い蛍光灯の光が、目に痛いほど降り注いで来る。遠くからサイレンが徐々に近づいて来る。救急車は、二列に並んだ車の真ん中を、両側の車を強引に隅に押しやり、車列を切り裂くようにして進んでくるのだった。