●あなたが夢のなかで目を覚ますと、そこは広い屋敷だった。だが、そこがあなたの家なのだ。あなたはいつも玄関の鍵をかけないし、窓にカーテンもない。木戸があるところだけ木戸を閉める。あなたは玄関脇の部屋で寝ていて、玄関からの人の気配で目覚めたのだ。カーテンのない窓からまぶしい光が射していた。あら、まだ寝ていたの、と、寝ぼけたままのあなたの耳に入る。両親だった。両親は旅行でこっちに来ていた。帰る前にお前に会っておこうと思って。ああ、そう、もう帰るの。あなたは起き上がって布団をたたみ、木戸を開ける。その外は広いテラスで、すぐ先が海だ。あなたは両親とテラスに出る。テラスの隅に、イヌを連れた知らない人がいた。海を見にくるのだ。あなたに気づいたその人は気まずそうに出て行く。そういうことはよくあるのだった。今日の海はやけに近く、ギラギラした青だ。しかし、少し解像度が低い気がした。あなたは、両親に渡すものがあったのを思い出し、屋敷に戻る。屋敷は広すぎて、まだ奥の方の間取りがよく分かっていない。普段は玄関先の二部屋しか使わない。両親に渡すための書類がみつからないので、あなたは、ふすまを開け、廊下を横切り、奥へ進む。屋敷はもともと旅館で、奥の方へ行くと当時使われていた物がそのまま置いてある。コピー機、重ねられたちゃぶ台や座布団、大きなソファーに卓球台、ゲーム機。それに、旅館だったころに泊まっていた客が、まだ何人か泊まっているようなのだ。角を曲がって客らしい人と突き当たってはっとすることがある。すれ違った人に会釈する。あなたは彼らの顔をなるべく見ない。ここが既に旅館ではないこと、今はあなたの家であることに気づかれないように、とても気を使っているのだ。