2023/06/29

⚫︎分析的キュビスムの過激で厳密な探究が、ある一定の成果を得たと同時に、行き詰まり感というか、一種の虚しさに近い感触を生んでしまう地点に辿り着いた時に、唐突であるかのようにピカソがつくったコンストラクションによって開かれた地平はとても大きい。ピカソは、絵画では存在しない「物理的な幅」の中に、分析的キュビスムの行き詰まりを突破するための「身動きが取れるスペース」を見出し、(分析的キュビスムのよって得られた成果を維持しながらも)モチーフとの類比的な関係によって、解体されてしまった(フレーズ的、キャラクター的な)「形態」を再度、作品内に導入する道を開いた。

「幅」によって可能になったのは、立体的なボリュームではなく、同一平面には還元されない複数の基底面の差異によって生まれる多平面性だった。故に、「幅」がゼロにまで圧縮されたとしても、(複数の基底面を貼り合わせるようにして)多平面性が維持されてさえいれば、同様のことができる。これによって、コンストラクションは「幅ゼロの彫刻」とも言えるパピエ・コレとなり、それが総合的キュビスムとなって絵画へと戻ってきた時に、多平面的な絵画が生まれた。

画面を無数の切り子面とその振動へと解体する分析的キュビスムから、複数の基底面をぶつけ合わせることで空間を生む総合的キュビスムへの飛躍。一つの平面の中での無数の切り子面のせめぎ合いから、複数の基底面の相互貫入へ(前者がグリーバーグ的で、後者がコーリン・ロウ的だと言える)。分析的キュビスムから総合的キュビスムへの飛躍の間には「幅ゼロの彫刻」が咬まされている。

(コーリン・ロウのテキストではピカソはブラックとの比較で「実の透明性」の実例になっているのだが、これは例の出し方の問題というか、分析的キュビスムにおけるピカソとブラックとの対比であって、総合的キュビスムではピカソもまた「虚の透明性」の作例となり得る。)

この飛躍は近代絵画の歴史の中でとんでもなく大きい出来事だと思う。そして、ほぼ同じ時期に、マティスマティスで、ピカソとは異なるやり方で多平面的な絵画を追求していた。そして、晩年のマティスがやっていた切り紙絵もまた、パピエ・コレと同様の「幅ゼロの彫刻」と言えるだろう。

ピカソにはおそらく、物質の質感や触感への高い感度があり、あるいは、ある物質の質感と別の物質の質感との組み合わせによる差異が生み出す効果に対する高い感度がある。対して、マティスには、質感を無化するほどの強い色彩の効果、というか、質感よりも色彩そのものが強く出る表現に関心があるように見える。そのような意味で、空間の構築の仕方は全く異なるのだが、しかしそれでも、ピカソのパピエ・コレとマティスの切り紙絵とは、どちらも「幅ゼロの彫刻」という概念によって構築されているという点では共通しているように見える(画面に木炭でわずかな陰影を描き込まずにはいられないピカソよりも、マティスの方がより徹底して彫刻的であるとは言えるが)。つまり、それらは絵画とは構築の原理や作業手順が異なる(作業手順の違いは思考の手順の違いでもあり、身体所作の組み立ての違いでもある)。だからマティスの切り紙絵もまたその原点は1912年のピカソのコンストラクション(「ギター」)なのではないか。

幅のある彫刻(コンストラクション)によって幅ゼロの彫刻(パピエ・コレ)が可能になり、幅ゼロの彫刻によって(ピカソ的な)多平面的絵画が可能になるという意味で、それらは連続的と言えるのだが、素材、構築原理、作業手順の違いがあり、そこからくる、それぞれの表現性の広がりと可能性の違いもある。

写真は、『ART SINCE 1900 図鑑1900年以降の芸術』より。