2023/08/17

⚫︎『万事快調 オール・グリーンズ』(並木銅)を読んだ。エンタメ系の小説を読むことはほとんどなくなってしまったが、「色々と冴えない地方の女子高生たちが学校の屋上で大麻を栽培する話」という紹介を聞き、これは是非とも読まなければいけないという気持ちになって、読んだ。とても良かった。

まず、この、あらすじとさえ言えないシンプルな紹介ただそれだけで面白いに違いないという直感が与えられるというか、そのような「目の付け所」を持つ人の書く文章は、決して退屈な紋切り型には落ち着かないだろうという予感が得られる、というところがすごい。

(彼女たちにとってひたすら退屈と苦痛が惹起される場でしかない「学校(地方の工業高校)」が、大麻の種子を入手することで、貧しい彼女たちに、大麻の栽培、精製、販売のためのインフラと人材を無償で提供してくれる環境へと変化する。それによって人間関係も再編成される。)

(とはいえ、大麻の栽培が始まるのは小説の中盤になってからで、それまでは、三人の登場人物たちの置かれた状況や個々のキャラクターがじっくりと語られる。)

序盤は、地方に住む冴えないオタク女子たちの閉塞感と親交が、切実かつ毒を含むユーモアと共に描かれていて(この「毒」の感じが最近あまりないんだよな、と思う)、とても魅力的な小説だと思って読み進んでいくうちに、次第に、しみじみと良いという感じから「いや、これは切実(リアル)すぎて胸を抉られる感じか」というトーンになって、その先で、いかにもエンタメ小説的な物語が発動する感じになって、「あー、こうなっちゃうのか」と失望しかけるのだけど、そのエンタメ要素(復讐)は、盛り上がりそうに見えてグダグタと失調して(盛り上がりそうで、本格的に盛り上がることはなく)、結果として、ラストのカタストロフ的盛り上がり以外は(とはいえ、このラストはシリアスなものではなく、「8時だョ ! 全員集合」のドリフのコントが混乱のうちに終わって音楽と共に舞台が回転し始める、みたいな終わり方だ)、基本的にかなり淡々と進行する話で、物語や小説としての仕掛けで読ませるのではなく、あくまで、登場人物の描き込みや、彼女たちのする会話や、個々の場面の面白さや、文章のセンスで読ませる小説だった。物語や仕掛けとしてはそこまで飛び抜けているというわけではなく、要素に分解してしまえば割とよくある感じとさえ言えるかもしれないのに、こんなに面白いということから、この作家の、小説を魅力的にする非凡な力を感じる。「よくできた小説」と「よい小説」は違って、この小説は明らかに後者で、だからこそ素晴らしいという感じ。

胸が抉られるほどのリアルさ、切実さがある一方で、同時に、常に「毒」と「諧謔」が作動していて、つまり「知」とはまずはアイロニーであり(「万事快調」というタイトルがまずアイロニカルだ)、どんなに頭が良くても、そこに「悲惨な(無力な)自分を嗤い」つつ同時に「自分を悲惨(無力)に追い込んでいる世界や他者に毒を吐く」というような、毒を伴った諧謔がないところには「知」は発生しないのだということを改めて感じさせる(逆に「美談」が好きな人には「知」がない、とぼくは思う)。そのような意味でこれはとても「知的」な小説なのだ(ロマンティック・アイロニーを常に批判するようなリベラル・アイロニー)。それを最も体現しているのが(三人いる主要な人物の中でも)岩隈という人物で、彼女が吐き続ける毒こそがこの小説を生き生きと跳ねさせているように思う。主人公の朴は、作品を動かす動因であり、どちらかというとエンタメ要素担当という感じだが、岩隈は(フロイトが、声は小さいが、囁きを止めることはない、とするような)「知(理性)」を担当し、おそらく作家の位置に最も近く、もう一人の矢口は、力を持っているように見える人物が実は「追い詰められているがゆえに(世俗的な)力を持つための技量を強いられている」ことがままあるという事実を表現し、世界の多面性を見せている、と言えるだろうか。

(作中にある朴のラップのリリックの韻の踏み方が本格的で、書かれた文字を読むだけでリズムが見える感じもなかなかよかった。)

(序盤の調子のままずっと、派手な物語展開がなく、淡々と大麻を栽培し、淡々と売り捌くという中での小波乱を描くという、日常の謎系ミステリみたいな感じでも十分に面白くかつリアルなものが書けるのではないか―その方が「毒」も効かせやすいし、ぼくはそういう方を望むのだが―と思うような才能を感じた。)

あと、三人の女子高生が主人公の小説だが、彼女たちの容姿の描写をほぼしていない(岩隈が悪意を持つ他人から「横綱級のデブ」と罵倒される場面はあるが、地の文は容姿について触れない)、というところが、なにげにすごいなと思った。この小説の良さはそういう繊細なところにこそある。