イーストウッド『ブラッドワーク』

イーストウッドの『ブラッドワーク』を観ていたら(12/08)、無性にショーン・ペンの監督デビュー作『インディアン・ランナー』が観たくなった。ちょっと間があいてしまったけど、今日ビデオで観た。これはもう、冒頭の雪のハイウェイでのカーチェイス(という程のことでもないが)からすっかりやられてしまって、終始泣きっぱなしという感じだった。前に観たときはここまで素晴らしいとは思わなかったのだが。いかにもアメリカ映画らしい「家族(の崩壊)」の話がベトナム戦争を背景に語られているのだが、この映画の素晴らしさは、やや感傷的ともいえる典型的なアメリカの物語によるのではなく、その「描写」の素晴らしさにあると思う。端役に至るまであらゆる人物ひとりひとりにしっかりした厚みと存在感をもたせ、ひとつひとつショットが重ねられる度に、思ってもみない方向から世界の深みや厚みを示すような細部があらわれてくる。あのシーンのこういうところが素晴らしい、このシーンのこういう細部が冴えている、これなんかもう泣くしかない、とか言い出したら、結局映画の最初から最後までを通して語ってしまいそうなくらいだ。いや、決して全てが完璧に上手くいっているというような映画ではない。むしろ映画作品としての完璧な構築よりも、そのシーンを、そこにいる人物を、成り立たせるための描写の方を優先している。シーンのなかに挟み込まれる、ちょっとしたショット、ちょっとした俳優の仕草、ちょっとした小道具、ちょっとしたカメラの動き、等々が、何かが(人物が、世界が、)「実在」してしまうことの重みや厚みや深みとしか言えないようなものを、何とも言えないかたちで拾い上げてゆくのだ。だからと言って、典型的なアメリカ的物語を破綻させる程に描写が肥大している訳では全くなく(つまり決して「アート」にはならず)、むしろその物語にふさわしく、全体としてはごく慎ましい(アメリカ的な「良い物語」を語る)映画に納まっている。だからこれを特権的な傑作だとは言えないだろう。一見すると、こんな映画はアメリカにはいくらでもありそうに見えるかもしれないが、しかしだからこそとても貴重なものだと思う。(ショーン・ペンの新作、『ブレッジ』を見逃してしまったことが改めて悔やまれる。)
●久々にブック・オフを覗いてみたら、トビー・フーパーの傑作『マングラー』のビデオが250円という値段で売られていた。しかも、値段を示すラベルは、980円-550円-250円と重ねて貼られている。こんな値段になる前に誰か買えよ、と思いつつ、自分で買った。