東京都現代美術館で、大竹伸朗「全景」

東京都現代美術館で、大竹伸朗「全景」。本当に美術館が作品で埋め尽くされている感じで、三時間くらいかけて観て、ぐったり疲れた。でも、いくらじっくり観ようとしても、こういう展示だとどうしても、電車の窓から外の風景の流れを眺めるような観方になってしまう。立ち止まって個々の作品との密な関係をつくるのではなく、まさに「全景」というタイトル通り、大竹伸朗の作品をパノラマのように見渡すような構成なのだろう。しかしそれは、この展覧会の構成がそうだというよりも、大竹伸朗の作品がそのようなものだ、ということなのかも知れない。
大竹伸朗のおどろくべき多産性は、作家に作品をつくりつづけさせる熱量の多大さを感じさせ、それによって圧倒される一方、それがある同一のものの執拗な反復というより、次々とうつりゆく風景のようであるという淡白さをも感じさせる。作品をつくるという行為の持続を支える熱さや執拗さに対し、それぞれの作品との関わり方が淡白である、といった法が良いだろうか。その点で、作品そのものとの関わり方が最も濃密であるように思われるのは圧倒的に「スクラップブック」で、ここには、作品をつくりつづけることを支える熱量の多大さと、作品と関わり合う時間の濃密さとが絡まり合った(つまり両者が釣り合った)、「濃い」としか言いようのない感触があって、展覧会場の一番はじめに展示されたこの作品を観ながら、こんなに濃いものがこれからずっとつづくのかとげんなりしながらも、凄くわくわくもしたのだけど、その後急速に作品は「薄い」ものになってゆく。(というか、大竹伸朗のエッセンスを凝縮したようなスクラップブックのすぐ後に、少年時代の作品や学生時代の習作のようなものが配置されるのでは、その「温度差」にどうしても気持ちが萎えてしまう。)
特定のスタイルや主題やメデュウムへのこだわりをもたず、その時々に面白いと思ったものへと柔軟に移ってゆき、次々と新たなスタイルや方法をものにしてゆく過程を、回顧展という形式で事後的に「流れ」として観て思うのは、自由さや柔軟性というよりむしろ「不満足さ」のようなものを感じるということで、それはつまり、作品をつくるという行為に賭けられた熱量の強さに対して、出来上がった個々の作品が押し返してくれる感触の確かさのようなものを、作家が常に「足りない」と感じているのではないか、という感じなのだ。(何かをつくることには、その出来不出来とはまた別の、つくることそのものへの満足感というか充実感のようなものがあり、それに浸ってしまったは作家としては駄目なのだが、しかし同時に、その満足感がなければ、作品をつくりつづけることは難しいのではないだろうか。)ぼくは、この展覧会を観るまえは、大竹伸朗の作品をそれほど多く観たわけではないなかで、この作家は「天然のポップアーチスト」のような感じなのかと思っていた。それはつまり、現在の様々なサブカルチャー的、文化的な生産物を多量に吸い込み、そこから自然に様々なスタイルの作品が吐き出される、というような意味だ。そう感じたのは多分、それまでに観た大竹伸朗の作品からは「物欲しさ」のようなものがあまり感じられなかったからで、例えばスクラップブックから誰でもが連想するだろうリヒターの「アトラス」にある、「人はこれをこう読んでくれるだろう」ということをあらかじめ当てにしているような嫌らしさを、大竹伸朗の作品からは感じない。(だからその作品を淡白だとは感じても空虚だとは思わない。)しかし実際にまとめて作品を観ると、自然に吸い込んで、自然に吐き出す、というには、その歩みは意外と不器用で、生真面目であるように思えた。
自然に吸い込んだものを自然に吐き出すというには不器用に感じられるのは、大竹伸朗の「芸風」が大雑把に三つくらいしかなくて、その三つの芸風が、テーマや素材やスタイルを変えながら、何度も繰り返されるからだろう。一つ目は、スクラップブックにみられるような、多数のイメージなり物質なりが、それぞれの固有性や出自が分らなくなりくらいに重ね合わされ、その混沌の一歩手前にまで圧縮された状態のなかで、無数のイメージや物質が解け合い、振動して、ある密度をもった「熱さ」を作り出すもの。これはこの作家のもっとも中心的な芸風で、スクラップブックのような凄い作品を生む一方、どんな素材、どんな主題でも使える便利な手法なため時に安易な使用もみられる。二つめは、ボックニーにも匹敵するような巧みな素描力で、旅行先の風景や家族などを描いたもの。ぼくはこの系列の作品が「好み」としては一番好きだ。三つめは、イラストっぽいというか、(安直な意味で)アートっぽいというか、つるっとしたグラフィックな仕上がりの作品。例えば「日本景」とか「旅の記憶」のような系列の作品で、ぼくにはこういうのはまったく面白くないし、この手の作品としてもあまりセンスがよいとは思われない。(だからちらっとしか観てない。嫌いというよりも、ぼくはこういうのは「観られない」のだ。)で、これらの芸風は様々なバリエーションで何度も繰り返されるうちに、当然のことだけどそれぞれが次第に上手くなってゆく。ぼくがここで淡白だと感じるのは、上手くなるということに対する「踏みとどまり」のようなものが感じられないといこところなのだ。例えば、「網膜」や「夢」というシリーズの作品は、一つ目の芸風の流れのなかにあると思われるけど、それがとても美的に洗練されて、オーソドックスに「良い抽象画」のように見えるものになっている。しかしここには、そういう風に「上手く」処理していいのか、という疑問というか、躊躇というか、踏みとどまりというか、そういうものが感じられない。今「良い抽象画のように見えるもの」と書いたけど、だからぼくはこれらの作品を「絵」として(本気で)観ることはできない。そして、さらっと「良い絵みたいなもの」をつくってしまう躊躇のなさのようなものを、多分ぼくは「淡白だ」と感じるのだと思う。作品としての体裁を備えた落としどころへ、はやく(最短距離で)たどり着いてしまいすぎる、と言えばよいのか。(二つ目の芸風の作品は、素直に、上手くて良い絵だと思う。でも、常設展示にあったホックニーを観てしまうと、やっぱホックニーの方がいいや、と思ってしまうのだけど。これはたんに技術とか才能とかの問題ではなく、ホックニーが「本気で」賭けているものが、大竹伸朗においては、「いくつもある選択肢のうちの一つ」というエクシュキューズ付きでしか賭けられていない、ということだろう。ただ、この系列の作品については、それはそれで良いのだろうと思う。)
おそらく大竹伸朗においては、ある系列の作品をつくっている時に感じられた疑問や躊躇のようなものは、別の系列の作品をつくることによって解消されようとするのではないかと思われる。作品をつくる動因としての熱量は大きくても、作品をつくっている時間そのものは、けっこう単調な(自動的な)ものなのではないだろうか。その単調さが、作品のバリエーションを増やすことによって解消されようとしているのではないだろうか。そしてそのような「単調さ」こそが、この驚くべき多産性を可能にしているのではないだろうか。でも、それではひとつの作品のなかに「踏みとどまる時間」のようなものが溜まってゆかないのではないだろうか。(スクラップブックのシリーズのなかには、その踏みとどまる時間が「濃厚に」溢れていると思う。)そして、それが希薄だと、個々の作品との密な関係をつくることが難しく、どうしても車窓から眺める風景のように、表面をなぞるように観ることになってしまう。
●こういう観方は、大竹伸朗を観るのには適切ではないのかも知れない。現代絵画のトレンドでは、イメージや素材との「淡白な関係」はむしろ当然の前提のように思われているという傾向がある。その淡白さ、うすっぺらさこそが「ぼくたちのリアル」なんだみたいな。ぼくはそんなバカなと思うけど(つまりそんなことを言う人はバカだと思うけど)、大竹伸朗もそのような文脈で観ればすんなり納まるのかもしれない。でも、そういうところに納まらない実質があると思うからこそ、ごちゃごちゃと考えてしまう。
「BLDG.」というシリーズなど本当に良い絵で(この、ごちゃごちゃゴテゴテした展覧会のなかで、たまにポツンポツンと普通に良い絵があったりするので混乱してしまうのだが)、ぼくはとても好きなのだが、でも、別に大竹伸朗は「ここ」を追求しているわけではないんだな、これはちょっとした回り道の途中での拾い物みたいなものなんだな、と思うと、うーん、と唸ってしまう。(だって、「BLDG.」シリーズのような絵と、「日本景」みたいな絵とでは、それを本気でやっているとしたら、一人の作家のなかでは決して両立しないはずのものだと思う。たんにテクニックとしてなら、つまりプロだから依頼されればその通りに出来ますよというのなら、勿論両立可能だけど。あるいは、両立不可能なものを併存させてしまうことこそが、大竹伸朗の面白いところだ、ということも言えなくもないけど。)そいういやり方をぼくは否定するつもりはないけど、そう考えるとこの「BLDK.」という絵も、そんなに本気では好きになれないかな、と思ってしまう。(このシリーズだけが、別の機会に展示されていたとしたら、また違った感じ方があったかもしれないけど。)
でも、スクラップブックのシリーズは掛け値なしに圧巻で(「好き」とは言えないにしても)、最初にこの作品があったからこそ、この展覧会を最後までじっくりと観られたのだと思う。
●ぼくがここで書いていることと、13日の日記とでは矛盾しているようにもみえる。でも、本当は矛盾していないとぼくは思っている。だとしたら、ここでの書き方が良くないということなのだろうか。
●今日の天気(06/10/15)http://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/tenki1015.html