『ツインピークス/ローラ・パーマー最後の7日間』(デヴィッド・リン

●ちょうど良い陽気だったので、久しぶりにゆっくり時間をかけて散歩した。木々は、まだまだ緑が濃くて目に心地良い。涼しいのだが、歩くと軽く汗ばむ。
●『ツインピークス/ローラ・パーマー最後の7日間』(デヴィッド・リンチ)をビデオで。探していたのになかなか見つからなかったビデオを、新宿のツタヤでみつけた。かなり状態が悪くて、所々でノイズが出る。
公開当時に一度観たっきりだったのだが、改めて観て、『ツインピークス』の謎が思いのほかちゃんと(一応は)合理的に解決されていることに驚いた。(まあ、何にしろ、解決された「謎」というのはつまらないものなのだが。)
ここでのリンチは無茶苦茶にパワフルで、もし、『ツインピークス』シリーズの「落とし前」として、最後の辻褄合わせをしなければならないという縛りがなかったら(たんに、ある一人の女性が殺されるという話の映画だったら)、すごい傑作になったかもしれないと思った。でも、どうしても、帳尻をあわせるために説明しなければならないところが弱くなってしまうし、説明がついてしまうことでつまらなくなってしまう部分もあって、すごく惜しい。だが、それを差し引いても、かなりのものだと思う。『エレファントマン』や『デューン 砂の惑星』(どちらも途中で退屈して最後までは観てないけど)などに比べると水を得た魚のように生き生きしている。『ブルーベルベット』ではまだ、どこか「アート系」的な気取りが弱さとなっていたように思うけど、『ワイルド・アット・ハート』で突き抜けたリンチが、この作品で、完成度はともかく、激しさとか強さとか濃さという意味では最高潮にまで達しているのではないだろうか。
特に、ローラが出て来る前までの部分が素晴らしい。リンチ自身によって演じられる、耳が不自由なために、場の雰囲気とは無関係にやたらとでかい一本調子の声で話すFBIの捜査員や、自身の身体全体を暗号化する女性の、奇妙な暗号ダンスなどは、リンチにしかあり得ないシビれる細部だし、FBIが出くわす、地元の警察の排他的敵対的な態度と、そこに生まれる嫌な緊張した空気の描写も、リンチに真骨頂だろう。FBI捜査員のコンビ間の微妙な空気や、一方からもう一方への意味不明の意地悪とか、世界の「空気」が決して和まない感触もきわめてリンチ的だ。
それから、ローラを演じた女優が(テレビシリーズからすると)意外にも素晴らしい。この映画でローラは、謎を秘めた女性というよりもむしろ、徐々に追いつめられて緊張を高め、我を失って行くという感じで、人格の同一性がなく、その場の状況や感情に支配されて別人のように表情が移りゆき、しかも、そのどの側面においても徐々に緊張がたかまってカタレプシー的な強度を高めてゆく様を、主にその顔の表情によって、非常に力強く表現していた。(恒常的につづけられる父親からの性的関係の強要という事実-記憶を、自分自身に対して抑圧するために多重人格的になり、また、普段のやさしい父とはことなる暴力的な父を「ボブ」という半ば幻想的な別キャラクターとして捉えることで現状に耐えてきた娘が、ある時ふとその事実に気づき、そして、暴力的な父-ボブに殺されてしまう、という、ありがちで陳腐な物語-説明を、はるかに超えるような「表情」の強さとバリエーションがあるのだ。とはいえ、そんなつまらない物語-説明はない方がいいと思う。)名前をど忘れしたのだが、ローラのボーイフレンドの一人が、麻薬の売人を殺してしまってテンパっている時に、ローラが唐突に笑い出してしまうシーンは凄い。もう一人のバイクに乗っているボーイフレンドとの最後の別れのシーンでの、(白目のギラギラ光る)クローズアップの表情も凄い。それはほとんど、誰かの顔であることをやめていて、非人称的な表情そのもの、感情そのものになっている。
(あと、ローラの親友のドナの役を、テレビシリーズと別の女優がやっているのだが、それがとても違和感がある。でも、あえてその違和感を狙ったのではないかというくらい、不思議な感じの違和感なのだった。)