●メモ。『考える脳考えるコンピューター』(ジェフ・ホーキンス)、6章の後半、その1。
●視覚野全体が四層の層構造になっているのと同様、もっと細かく分解して、新皮質にあるどの特定の領域(例えばV1野を構成する副領域のうちの一つなど)をみても、それらは六層からなる層構造となっている。
一番外側にある第一層は六層中最も特異であり、細胞が少なく、表面と平行にはしる軸索が大部分を占める。第二、第三層は似ていて、多数の錐体細胞がびっしりつまっている。第四、第五層にはそれぞれ特徴的な細胞が含まれ、第六層には形状の異なるニューロンがある。この六層には、層構造を縦に貫く軸索の単位(柱状構造)があり、それぞれの柱状構造で縦に結合された細胞同士は同じ刺激に反応する。一つの領域、副領域には何千という柱状構造が並ぶ。イメージとしては、毛足の短いブラシの毛のような柱状構造が層を縦に貫き、一番外側の第一層の部分は毛の方向が水平になっているという感じ。
●一つの柱状構造に絞って情報の流れをみてみる。上向きの流れ。下位の領域からくる情報はまず(第六、第五層を通り抜け)主要な入力層である第四層に届き、第四層の細胞が第三、第二層へと興奮を伝える。第三、第二の細胞の多くは上位の入力層へと軸索を伸ばしており、興奮がさらに上に伝わる。この流れはほぼ一直線である。
下向きの流れ。上位の第六層の出力が第一層に伝わる。第一層は水平方向に広く軸索を広げているので、下位の領域ではより広い範囲の柱状構造を興奮させる可能性がある。第一層は細胞数が少ないが、第二、第三、第五層の多くの細胞が第一層へと軸索を伸ばしている。つまり下向きの流れでは情報が枝分かれする。これは、「普遍の表現」から「特定の予測」を導くためのものである。情報が層を下って行くその度に、どの方向に展開するのが決定しなければならない。暗記されたリンカーンの演説は、朗誦することも、書くことも出来る。
●柱状構造は情報のフィードバックにもかかわる。あるニューロンの集合から出力された情報のすべてを、時間的な遅れをもって、そのニューロン集合の出力へと戻してやることで継起的なパターンが学習される。
柱状構造の第五層にある特徴的な巨大錐体細胞は、運動野以外の領域でも運動に関与している可能性があるとされている。そしてこの巨大錐体細胞の軸索は二つに分岐しており、運動の役割とは別の結合もある。もう一方の軸索は視床にある非特殊核と呼ばれる細胞に繋がっていて、そこに興奮を伝える。非特殊核は、新皮質全体の多くの異なる領域の第一層に軸索を伸ばしており、そこに興奮を返す。この一周する経路が時間的な遅れをともなうフィードバックとしてはたらきシーケンスが学習され、認識される。
つまり第一層への情報入力は二種類あり、一つは上位の層からくる「シーケンスの名前」であり、もう一つは視床からくる「シーケンスの進行状況」である。
●新皮質を流れる情報には三つのパターンがあることになる。(1)階層を上って集まるパターン、(2)階層を下って広がるパターン、(3)視床をまわってフィードバックするパターン。
●一つの柱状構造は、昨日書いた、曖昧で多様な入力を分類する籠(分類項)であると仮定できる。入力層である第四層にあるニューロンは、下位のいくつかの領域からくる入力の組み合わせが適当であるときに興奮する。だが入力は曖昧であり他の柱状構造も反応する可能性がある。しかし入力は曖昧でも分類は「赤」か「橙」がどちらか一方でなければならない。だから強い入力を受けた柱状細胞はほかが興奮するのを抑制しようとする。脳には抑制細胞があり、近隣のニューロンの興奮を抑制し《独り勝ち》の状態をもたらす。しかし抑制細胞の作用は近隣に留まるので、領域全体では多数の柱状構造が同時に興奮することになる。とはいえ実際の脳では、「ある状態」が単一のニューロンや柱状構造だけによってあらわされることはない。このことは逆に、「ある決定」の裏にも実際には多数の矛盾する柱状構造の興奮があることを示す。
●柱状構造はシーケンスをどのように記憶するのか。下位からの入力によって第四層のニューロンの一つが興奮したとする。この時、第四層の細胞は、第二、第三層へ、そして第五層や第六層の細胞にまで興奮を伝える。そして、第二、第三、第五層の細胞は、第一層のなかに何千というシナプスをつくっている。興奮をシナプスが伝えることで、シナプスの結合が強くなる。それが頻繁に起こることによってシナプスが十分に強化され、第四層の入力細胞が興奮しなくても(つまり下位からの情報がなくても)、第二、第三、第五層の細胞が興奮するようになる。それが、第一層のシナプスから興奮が伝わってきた時に、下位からの刺激を期待するということを可能にする。
それがつまり、上位からくる刺激(シーケンスの名、シーケンスの予想)から下位の刺激(特定のパターン)を予測するようになる(学習する)、ということである。
だがもう一つ、第一層への刺激は、上位の領域の第六層からのものだけではなく、半分は、視床を経由してフィードバックされたほかの領域の第五層から来た「時間差」をもった刺激であった。これは、ある柱状構造が興奮するその直前に、別のどの柱状構造が興奮していたかを示す情報である(メロディーにおける直前の音のようなもの)。
つまり、第一層からシナプスを通じて第二、第三、第五層へと逆向きに伝わる興奮-予測には、上位からくる割合安定したシーケンスの予測(今、このメロディーのなかにいる)と、フィードバックされてくる直前の状態から導かれる予測(直後にはきっとこの音がくる)の両者が含まれている。どのシーケンス(どんな状況、どんな場所、どんな文脈)のなかにいるのかということと、そのなかのどの地点(どの位置)にいるかということ、このレベルのことなる情報が第一層によって媒介、結合される。
(とはいえ、柱状構造がいつ興奮するのかの学習は第一層だけが関与しているのではない。ニューロンは周囲の多数の柱状構造とのあいだで入力のやりとりをしていて、シナプスの90%以上が柱状構造の外の細胞とつながっている。いわば《使えるかぎりのあらゆる情報》が関与している。)
●シーケンスを学習した新皮質のある領域は、そのシーケンスが持続する限り「一定のパターン」を上位の領域に送る。上位に送られるのはシーケンスの「詳細」ではなくその「名」なのだ。シーケンスが学習される前は詳細を送り、学習された後は名前のみを送る。なぜそれが可能となるのか。
まず、新皮質の領域の第二層と第三層にはいくつかの種類の細胞があり、第三層をa層とb層に分けられると仮定する。さらに、柱状構造が興奮を「予測」できたときには興奮せず、できなかったときに興奮するニューロンb層に存在することが予想される。この細胞は、シーケンスが学習される前は柱状細胞全体と共に興奮するが、学習されると興奮しなくなる(この仕組みは、このb層の細胞と対になるa層の抑制細胞を仮定することで可能になる。この細胞が、第一層に樹状突起を伸ばし、そこに適切なパターンを見つけた時に興奮してb層の細胞の興奮を抑制すればよい)。
さらに、学習されたシーケンスがつづくあいだ特定の状態をとる「名前細胞」が第二層に存在すると考えられる。この「名前細胞の集合」がシーケンスの名前をあらわす。ある領域が異なる三つのパターンからなるシーケンスを学習しているとき、この三パターンのいずれかで興奮する柱状構造のすべてで、シーケンスがつづくあいだ名前細胞が興奮しつづける(ニューロンが興奮しつづけることは考えにくので、周期的に同期して興奮していると考えられる)。つまり、ある領域が次に興奮する柱状構造を予測できている(シーケンスが持続している)あいだは、その上位の領域に対して名前細胞から安定した一定のパターン(名前)が示されることになる。メロディーがつづくあいだずっと、そのメロディーのどこかの地点で興奮すると予測される名前細胞すべてが興奮し、それがメロディーの「名」となる。
●経験したことのないことを予測する、複数の解釈が可能なものを予測する、ということをどういう風にやっているのか。基本的には、順方向の流れ(入力)と逆方向の流れ(記憶-普遍の表現から下ってくる予測)の重ね合わせということになる。
新皮質において五度の音程関係の予測が求められる場合を考えてみる。まず、領域の柱状構造には、ラ-ミ、ド-ソ、レ-ラなどの五度関係をもつ具体的な音程をあらわす(対応する)ものすべてが存在する。上位の領域から五度の予測を受け取った時、そのすべての柱状構造で名前細胞が興奮する。これは上位の層から下位の領域に下った情報が第一層で選別され、第一層へ軸索を伸ばしている特定の柱状構造の第二、第三層へと刺激が下ってゆくことによって起こる。また領域は、下の層から具体的な音の入力も受ける。音がレであるとすれば、レ-ミ、レ-ラ、レ-シ、レ-ドなど、レを含む音程に対応する柱状構造のすべてがその刺激の一部を受け取る。これは、下から来た刺激が第四層へ届き、そのパターンによって特定の柱状構造の第四層の細胞が興奮したということだ。
上位の層の流れを受ける第二、第三層から外へ出てゆく軸索のほとんどが第五層にシナプスを形成していて、さらに、下位の層から第四層に達する軸索は第六層にシナプスをつくっている。このような形で情報の上からの流れと下からの流れが重なったある特定の(「レ-ラ」に対応する)柱状構造全体が興奮する時、第六層の特定の細胞も興奮し、それを具体的な予測として下層に伝える。
この第六層の細胞の興奮について、ホーキンスは細胞の独白として次のように書く。《ぼくが興奮しているのは、耳から入ってきた上向きの入力によって、第四層の細胞が柱状構造全体を興奮させているのかもしれないし、あるいは、ぼくの柱状構造がメロディーを認識したので、つぎの具体的な音程を予測しているからかもしれない。いずれの場合にしても、ぼくの仕事は、担当する出来事を下位の領域に知らせることだ。その出来事は新皮質による現実世界の解釈であって、本当に起きている場合もあれば、単なる想像の場合もある。》
さらに、第六層の細胞は出力を下位に渡すだけでなく、自らの柱状構造の第四層へと送る(送り返す)こともできる。つまり、「予測」をそのまま自らに入力する。それによって、ある予測から次の予測を導くことができる。つまり、空想にふける、思惟をめぐらす、想像する、ことができる。
(つづく)