(昨日からのつづき)
●4 episodes(atelier nishikata)には複数の動機がある。
(1)元々は、基本的に平屋である(通りに面するピロティの上の二階部屋と斜面側の地下倉庫がある)、築40年の木造住宅であった。そして、まず、(2)地下倉庫をアトリエなどに使えるように改築するという計画があり、そこに、(3)震災後、耐震のための構造的な補強を動機とする改築が加わる。そこで、元地下倉庫がWhite Roomと呼ばれる部屋となり、耐震用の二枚の壁柱をもつMotowashitsu、耐震用に十字の木造柱を内蔵する箱柱をもつBlack Room、耐震用の鉄骨造の箱柱をもつDiamond Roomがつくられる。木造家屋が全面的に改装されるのではなく、耐震補強するために構造上必要な部分があたらしく生まれ変わった。
あたらしく生まれた空間と元あった空間が共存している。あたらしい空間は元の空間を基礎とし、それに依存し、その中で生まれるが、それが生まれることによって全体の構造(耐震構造)が変化する。
あるいは、あたらしい空間は元からあった空間と分離しているわけではないが、あたらしい空間のみでも独自の関係性を生んでいる。
このような多重性は、当初は単独で計画されたためにもっとも表現性が強いようにみえるWhite Roomに顕著にあらわれているように思われる。もともと長方形だった地下倉庫は、White Roomでは斜面にせり出すように拡張されて正方形になる。とても自律性・完結性の高いこの空間は、しかし、もともと長方形だった印が残ることで、微妙なぶれを内包する。二本の鉄筋コンクリートの柱(この間に扉が取り付けられていて、通り抜け可能な空洞をもつ一つの「箱柱」と呼ばれるものになっている)と梁の存在が、かつての空間は「ここまで」だったという痕跡となっている。さらに、作り付けの家具のような扉をもつ出入り口が二つあるのだが(外へつながるものと階段へつながるもの)、この二つの位置関係は、もとの長方形の空間で対称の位置にあり、出入り口の位置関係が潜在的な過去の空間を描いている。
White Roomは、正方形であるというだけでなく、一方の壁の開口部と壁との比例関係が、開口部のない他の三つの壁にも溝として刻まれることで反復していたり、床の模様によって空間の中心が示されていたりして、端正な形式性をもっているし、出入り口の扉が作り付けの家具のようになっているので、ドアを締め切ってしまうと自分がどこからこの部屋に入ってきたのか分からなくなるくらい完結性が強い(窓以外に出入口がないように感じる、あるいは箱柱の空洞が外に――どこでもドア的に――つながっているかのようにも感じられる)のだけど、「かつてあった長方形」がこの完結性を微妙にずらしているので、堅苦しさのような感じがない。
(階段へつながる扉を開くと、形式性の高い空間がいきなり古い木造家屋の階段に接続されているという意外性もおもしろい。)
長方形の空間が拡張によって正方形となったWhite Roomに対して、Motowashitsuでは正方形の空間が壁柱とよばれるものによって二つに分けられている。White Roomの箱柱は二本の柱が二つの扉によってつながれているものだったが、Motowashitsuの壁柱は、二枚の壁が一つの扉によってつながれている。一枚の壁がずれたようにも見えるこの壁柱は耐震構造上で要請されたものだが、この扉によって(扉を通り抜けるという行為によって)White Roomとの関係が生み出される。どちらの扉も幅がきわめて狭く一見すると装飾的なものにも見えるが、実際に開き、通り抜けることができる。White Roomの箱柱の扉の内側は機能をもたない空洞だが、Motowashitsuの壁柱についた扉は小部屋とキッチンをつなぐ通路でもある。どららの扉も構造上で必要な支えに取り付けられたものだが、機能をもたないWhite Roomの扉がたんなる装飾以上の意味をもつのは、Motowashitsuの扉(そしてDiamond Roomの扉)――扉をくぐり抜ける行為、との関係によってであろう。
他の三室と異なり、Black Roomには扉のよる照応関係はみられない。Black Roomの箱柱の内部には構造の要請による十字にクロスした木造の柱があるので閉ざされていて、そこを通り抜けることは出来ない。正方形であることによって他の部屋との照応関係がみられるが、ズレを含んだ正方形であるWhite Room、二つに分割された正方形であるMotowashitsu(感覚的にはそれほど強い正方形性は感じない)と違って、この空間は中心に箱柱のあるはっきりした正方形であると言える。
窓を締め切ることで光を完全に遮断できることからBlack Roomと呼ばれる正方形性の強いこの空間は、もっとも閉鎖的で完結的だと言える。とはいえ、二方の壁に開口部を持ち、壁が木目であるこの空間は感覚的には閉鎖的ではないので、この空間の特徴は、通り抜けの出来ない「奥」という感じと言う方がいいかもしれない(この部屋は前室としかつながっていないので、前室を通してしか出入りできない)。
通り抜けのできないBlack Loomに対して、通り抜けることしか出来ない空間として、ピロティの上の二階に位置するDiamond Roomがあると言える。Diamond Roomとは要するに、四本の鉄骨柱にとりつけられた四組(八枚)の扉を持つ箱柱そのものの名だと言っていいのだと思う。内が空洞で四つの扉をもつ柱という発想が面白い。この箱柱によって、キッチンと居室、バスルーム、階段へつながる書斎、収納室という四つの空間がつなげられ、分けられている(『ハウルの動く城』に出てくる、レバーを引くことで異なる場所へと接続をかえる扉を連想させる)。この、ひたすら通り抜けることしか出来ない空間は、しかし、四組すべての扉を閉ざすことで、(Black Loomのように)完全に閉ざされた狭い正方形の空間にもなり、しかしそのことによって、この家にある他の様々な扉たちにも通じているかのような感覚を得ることができる。
古い木造家屋と同化し(外から見ただけでは違いはほとんどわからないだろう)、共存し、あるいは寄生しているとも言える、広い家屋のなかにバラバラに点在している4 episodesの空間たちは、正方形という形、家具のような外観をもつ扉、そして扉を通りぬける行為を通じて、この家のなかを移動する経験のなかで関連づけられる。構造の補強という「元々ある家」からの要請によって正当化される目的に従うことを通じて、すでにある空間の中から別の空間を出現させてしまおうとしている。それはある意味、寄生生物のような行いだと言えるが、この寄生生物は寄生主を滅ぼし、支配するものではなく、寄生主を補強し、共存し、そして並立しているようなものだと言える。