●noteで「わたしは知りたかった/柴崎友香『ドリーマーズ』論 (3)」を公開しています。このテキストは、これで完結です。
https://note.mu/furuyatoshihiro
また、「critique」という括りをつくりました。noteで公開した批評文についてはここにまとめて置いておきます。
https://note.mu/furuyatoshihiro/m/md4baef7dce8b?view=list
●『人工知能と経済の未来』(井上智洋)を読んだ。一人でも多くの人がこの本を読めばいいと思う。AI→マクロ経済学ベーシックインカムという展開だけど、AIに興味がないとか、マクロ経済学なんてめんどくさいという人は、5章のベーシックインカムのところだけ読むのがいと思う。というか、この本で最も読まれるべきなのはベーシックインカムについて書かれた5章だと思った。ベーシックインカムのどのようなところが優れているのかということ、そして、それが充分に実現可能で持続可能だということが、分かり易く書かれている。そこだけなら、10分か15分もあれば読めるし。
《次に財源の問題について考えましょう。新たな政策を導入する際には常にその財源が問われますが、およそ愚かしいことだと思います。「財源は限られている」という言い方がありますが、財源は限られてなどおらず増税すればよいだけの話です(赤字国債を財源にすることも不況下にはむしろ有益であり得ます)。》
《100兆円の増税は負担が重すぎるから無理だろうと断念する必要はありません。注目すべきなのは、単なる増税額ではなく、増税額と給付額の差し引きです。「給付額−増税額」がプラスであれば純受益が、マイナスであれば純負担が個々人に発生します。その差し引き額を全国民で平均すると、理屈の上ではゼロとなります。要するに、国民全体にとっては損も得も生じないという事です。》
《しかし、金持ちほど増税額が増えるものとすれば、富裕層はマイナス(損)、貧困層はプラス(得)となります。中間層は、およそプラスマイナスゼロです。自分の納めた税金が給付となって、ブーメランのように自分に返ってくるだけです。》
《まず、一人あたり月7万円の給付に必要な100兆円は実質的なコストではありません。というのも、お金は使ってもなくならないからです。私の使ったお金は、他の誰かの所有物となります。国が使ったお金も誰かの所有物になります。この世から消えてなくなるわけではありません。この場合、全国民が納めた100兆円が全国民に戻ってくるだけのことです。》
《一国を一個人や企業に置き換えて考えないように注意して下さい。一個人が使ったお金はその個人から消えてなくなりますが、国全体から消えてなくなるわけではありません。その点を踏まえないと、BIの持つ効率性を理解することはできません。》
《一国の経済にとって実質的なコストというのは、お金を使うことではなく労力を費やすことなのです。》
《BI導入に対する高所得者の反発は当然予想されますが、そこさえクリアできれば充分に実施可能な制度であることが分かってもらえたかと思います。》
●まあでも、引用の最後の部分がすごく困難だとは思う。高所得者が、貧困層や子育て層のために、外国に比べて極端に高い税金を払い続けることに同意するとは考えにくい。
(考え得る、行き着く果てとしては、グローバルな課税と、グローバルなベーシックインカムということになると思うけど、それを「世界中の人々」が受け入れるというのはかなり遠い話であるようにも感じる。)
でも、そこで、近い将来AIがほとんどの人の職を奪うかもしれない、というのが効いてくる。資本家か天才でない限り、高所得者もいつ職を失うか分からないよ、と。ベーシックインカムという保険を今のうちにつくっておくのは、自分たちのためでもあるよ、と。AIの脅威による「無知のヴェール」。
●それは大きな価値の転換を要請する。以下の引用は「おわりに」から。
《AIやロボットの発達は、真に価値あるものを明らかにしてくれます。もし、人間に究極的な価値があるとするならば、人間の生それ自体に価値があるという他ありません。
機械の発達の果てに多くの人間が仕事を失います。役立つことが人間価値の全てであるならば、ほとんどの人間はいずれ存在価値を失います。したがって、役に立つと否とにかかわらず人間には価値があるとみなすような価値観の転換が必要になってきす。》
●あと、ベーシックインカムが実施されると、貧困者支援としての生活保護は打ち切られることになると思うけど、職を失い、収入もなく貯金もない人が、月7万円で生きていけるのかという問題もある。7万円というのは、ベーシックインカム絵空事でなく「実現可能」だということを示す試算のための、現状において可能であり妥当だと思われる仮の数値ということだろうけど。この「額の微妙さ(収入の少ない人には恩恵だけど、まったくない人にはキツイ)」というのがベーシックインカムの弱点ではあるのかもしれない。
●井上さんのとても過激な「「貨幣レジームの変革(貨幣発行益配当としてのベーシックインカム)」という主張は、この本にはまったく出てこないけど、あの主張は引っ込めてしまったのか、それとも、この本では(現実主義的にするために)あえて触れなかったのだろうか。普通に、金融緩和政策の話になっている。
《私の本業であるマクロ経済学の理論的分析に基づけば、機械の導入などによって生産性が1.5倍に上昇したならば、消費需要も1.5倍に増えるようにお金の量を増やす必要があります。そうでなければ、需要と(潜在)供給は均衡しません。
そして、AIやロボットの発達に限らず資本主義経済では絶えず技術進歩が起っており生産性が絶えず向上しているので、マネーストックも絶えず増やさなければ需要と(潜在)供給の均衡は保たれません。しかも、生産性が高まるのと同程度マネーストックを増やす分には、極度のインフレになることもありません。逆にそのようにマネーストックを増やさなければ、デフレに陥ってしまいます。》
《こうしたお金の増大によるGDPの増大を楽をして儲けるような非道徳的な営みであると見なし、金融緩和政策を人の道に背いた不届きな所行だと非難する人は少なくありません。しかし、金融緩和政策は、モルヒネのように「痛み=問題」を誤魔化すものではなく、錬金術のように労せず富を生み出すものでもありません。》
《世の中に流通するお金を増やすということを何か特別のことだと思っている人は経済学者の中にもいますが、お金というものはそもそも絶えず増やさなければならないものなのです。》
●今、日本でベーシックインカムについて積極的に発言している経済学者の多くはリフレ派(いわば、アベノミクス派)で、井上さんもそこに近い位置にいると思うのだが、左派の人がそこに不信をもっちゃったりするのはとても不毛だと思う。アベノミクスは、安倍政権の目的(イデオロギー)ではなく、政権を維持するための手段に過ぎないはずなので、そこで無理矢理に対立をつくらなくても、もし有効なら野党がそれをパクっても問題ないはずなのに(アベノミクスはそもそも、旧民主党政権時代に、民主党の中で提案されたものだという話もある)。