●noteで、「穴の空いた絵画(千切った折り紙の貼りあわせによる) 2016年」を公開しています。
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●アニメにおいて、その作品世界で用いられるVRやARのデバイスの違いが、物語や世界観にどのような影響を与えるのかということについて考えていた。22日の日記に、VRおよびARの形式には、(1)虚構没入型(2)虚実一体型(3)多重フレーム型があって、アニメでいうと、それぞれ(1)『ソードアート・オンライン』(2)『電脳コイル』(3)『ロボティクス・ノーツ』が当てはまるということを書いたのだけど、ぼくは正直『ソードアート・オンライン』をあまり面白いと思えない。そもそも、最後までちゃんと観られてないし。
それで、虚構没入型で他にもっと面白い(作品として面白いというのも勿論だけど、世界観として面白い)ものはないだろうかと考えていた。でも、虚構没入型の物語は、基本的に異世界に行ってしまうファンタジー系の話と形として同じなので、テクノロジー的な世界観として面白いというものがなかなか思いつかない。『オーバーロード』とか、出だしは面白くて期待したのだけど、本当に異世界に行ってしまって、「結局、普通の異世界モノなのか」と思ってそれ以降は観る気がなくなってしまったのだけど、丁寧に観ていけばおもしろいところがあるのだろうか。
で、いろいろ考えてようやく思い出したのが『フラクタル』に出てくる、完全都市ザナドゥだった。あれは、リテラルにみれば虚実一体型の都市なのだけど、都市のインフラの多くがARで構成されていて、そこで活動している人のほとんどが別に実体をもつアバター(作中ではドッペルと呼ばれる)で、そのようなほぼ仮想的な都市のなかに、主人公が生身のまま入ってゆくので、実質的には虚構没入型とみていいのではないか。そして都市で活動するアバターの「実体」は、虚構の都市の周辺にいて、自然の中で遊牧民のような生活をしている、と。それくらいのひねりがないと、虚構没入型で面白い世界観は出てこないのかなあ、と。
でも『フラクタル』は、今から考えても設定とか世界観とかはいろいろ工夫され、作り込まれていておもしろいけど、作品として致命的におもしろくないんだよなあ、と。設定の凝っているところが、物語に生かされてないのと、あと、やはりキャラクターがおもしろくないのだと思う。
●キャラクターというのは、魂のレイヤー(西川アサキ)が重要なのではないかと思う。キャラクターは基本的に類型で、類型から大きくはみ出すと受け入れられないのだけど、過去にその類型を演じてきた様々なキャラクターの歴史的積み重ね(魂のレイヤー)があり、それをふまえ、それに対して、何か一つ新しい要素(レイヤー)が付け加えられることによって、新たな魂が生まれるのではないか。つまり、新たな魂(キャラクター)とは、魂のレイヤーに新たに一つの層が付け加えられることによって生まれるのではないか。その「一つの要素」は、作家性だったり、物語上でその類型が今まで得たことのない役割だったり、あるいは単純に、語尾に変な音をつけるとか、Tシャツにダサい言葉が書かれているとか、変なあだ名がついている、みたいなことでもいいのだと思う。