●お知らせ。けいそうビブリオフィルに、『虚構世界はなぜ必要か?/SFアニメ「超」考察』の第22回、「「ここ-今」と「そこ-今」を共に織り上げるフィクション/『君の名は。』と『輪るピングドラム』」(1)が、公開されています。今回は、作品を論じるための前提として、「双子のパラドックス」と「s-house」についての話になっています。
http://keisobiblio.com/2017/08/02/furuya22/
●『ドクター・ストレンジ』(スコット・デリクソン)をブルーレイで。この映画、人から、是非IMAXの3D上映で観るべきだと勧められていたのだけど、劇場では見逃して、今更レンタルで観た。物語としても、作品としても、トンデモ物理学とスピリチュアリズムを適当に混ぜたような世界観で、偉い師匠と、その元弟子で間違った思想から暗黒面に落ちてしまった者が闘うという、いかにもありがちな浅いもので、特に面白いところはないのだけど、視覚的表現が無茶苦茶なことになっている。エッシャーサイケデリックな世界が高解像度、高精細でびっしり展開されていて、それがうにゃうにゃ動いている。本当に空間の感覚がおかしくなるというか、「この現実」を支えているリアリティの基盤が崩れるみたいな感じがあって、家のテレビで2Dで観ていてすら、あ、これちょっとヤバいかも、と、画面から目を背けた瞬間が何度かあった。これを、デカいスクリーンで3Dで観たら、さぞすごいだろうとは思うけど、ぼくはちょっとその感覚には耐えられないかもしれないとも思った。
基本的には、スピリチュアルな世界での闘いの話なのだけど、魂はあくまでフィジカルな身体の機能によって生まれているという設定で、身体が機能停止してしまうと魂は消えてしまうということになっている。なので、スピリチュアルな闘いの世界と、フィジカルな外科手術の世界とを行ったり来たりすることになるというところが、ちょっと面白かった。結局は、フィジカルが基盤で、魂は随伴現象説みたいになっている。この感じの元になっているのはおそらくドラック・カルチャーなのだろうと思う。
で、ここまでくると、もう物語いらないじゃん、という感じになってくる。エッシャーサイケデリックの高精細うにゃうにゃ3Dを、その部分だけ三十分なり四十分くらい見せてくれたら、それだけで充分であるように思った。