●『タックスヘイブンの闇』によると、第二次大戦後から七十年代中盤までは資本主義の黄金時代であり、先進国だけでなく途上国も順調に経済成長していたが、それ以降、先進国と途上国との格差、そして先進国内での格差が拡大するようになった、と。
《一九四九年ごろからの四半世紀は、ケインズの理論が広く実行された時期で、今では資本主義の黄金時代として知られている。広い地域で高成長が達成された比較的安定した繁栄の時代だった。》
《八〇年代に入って、資本規制が世界中で徐々に緩和され、税率が下がってオフショア・システムが本当に繁栄を謳歌するようになると成長率は急激に低下した。》
《一九七〇年代半ば以降のオフショアの時代には、次から次へとあらゆる国で格差が拡大してきた。アメリカ労働統計局によれば、アメリカの平均的な非管理職の二〇〇六年の時間当たり賃金は、インフレ率を考慮に入れると、一九七〇年より低くなっていた。その一方で、アメリカのCEO(最高経営責任者)の報酬は、平均的な労働者の賃金の三〇倍弱から三〇〇倍近くに跳ね上がっていた。》
《別の調査では、「黄金時代」とほぼ重なる一九四〇年から一九七一年の間に、途上国で金融危機は一度もなく、一六回の通貨危機に見舞われただけだった。ところが、一九七三年以降の四半世紀には、金融危機が一七回、通貨危機が五七回も発生している。》
ケインズの理論が実行されていた時代には資本主義は安定していた、と。ケインズというと一般的には左派的なイメージだが、《彼はマルクスエンゲルスを嫌っており、政府の介入はあくまでも一時的な応急処置とみなし、繁栄への最善の道として市場や貿易を熱烈に信じていた》、と。彼は自由貿易を支持した。しかし、「産業」と「金融」の違いに気づいていた。
《二つの集団が互いに財を交換するとき、両者の関係はほぼ対等だ。だが、金融はそうでないことをケインズは見抜いていた。金融の場合、貸し手と借り手は上下関係にある。(…)産業資本家は金融資本家に従属しており、しかも両者の利益はしばしば対立する。たとえば、金融資本家は大きな利益を引き出せる高金利を好むが、産業資本家はコストを抑えるために低金利を望む。》
《彼(ケインズ)は自由な貿易を望んでいたが、財の自由な移動は、金融が政府によって厳しく規制されている場合にのみ可能になると考えていた。》
《民主主義と自由な資本移動の間には基本的な対立がある。資本が自由に移動する世界では、たとえば苦戦している国内産業を後押しするために金利を下げようとしたら、資本家はより高いリターンを求めて海外に出ていくだろう。投資家は政府に対して「ノー」という力を持っているのであり、何百万人もの人の現実の生活が、インドの経済学者、ブラバト・パトナイクが「投機家の群れ」と呼んでいるものに左右される。》
つまり、ケインズが主張し、七十年代半ばまではある程度実行されていて、その後に規制が解かれたものとは、資本の国際的移動の制限と、そのさいの透明性だった、と。
《これに対するケインズの答えは単純かつ強力だった。国境を越えた資本の移動を規制せよ、だ。》
ブレトンウッズ協定の初期の草稿では、ケインズもホワイトも、逃避資本を受け入れた国の政府に、逃避の被害国と情報を共有することを義務付けていた。守秘性という魅力がなければ、資本逃避はぐんと減るはずだ。要するに、彼らは国際金融に透明性を持ち込もうとしていたのである。》
資本の国際間移動に関する規制が解かれ、資本の情報に関する守秘性が許されることにより、タックスヘイブンへの資本の大規模な流入が可能になり、それが、資本主義の衰退と格差の拡大につながっている、と。
おそらく(読んでないけど)、ピケティとかも、ここらへんのことを考えているのだろう。ピケティ読まなきゃダメかな…。
●たとえば、生産から加工、物流、小売りまでの全ての過程において、それを行う子会社を有する多国籍企業であれば、それら子会社を複数の国に置いて、それら子会社間の調整によって、最も税金の安い国(タックスヘイブン)にある子会社に利益を集中させ、最も税金の高い国にある子会社損失を集中させることで、二重に租税を回避できる。たとえば、《(…)『サンデー・タイムス』紙が、ヴェスティ家所有のイギリスの食肉小売チェーン、デューハーストが、一九七八年に二三〇万ポンド強の利益に対して一〇ポンドの税金しか払わなかったことを明らかにした》。
このヴェスティ家が、グローバル企業の(グローバルな租税回避の)パイオニアだった、と。彼らは、生産者から搾り取り、消費の側でも搾り取る。
《彼らの成功の秘訣は、彼らが本質的に独占主義者だったことにある。彼らは自分たちの会社にさまざまな名前をつけてヴェスティの会社とわからないようにし、競争相手を買収した。競争相手が抵抗した場合は、彼らは---牧草地から、肉牛、食肉処理場、冷凍倉庫、貨物船、流通・小売り施設まで、サプライチェーン(生産流通網)全体を持っていることから生じる---桁外れの市場支配力を使って、相手より低い価格をつけ、相手を廃業に追い込んだものだった。》
《彼らはイギリス市場を制しています。唯一の売り手であるこの企業グループは、アルゼンチンで生産者価格を破壊しました。肉牛は赤字で生産されており、大勢の生産者---その多くがきわめて小規模な生産者です---が行き詰まるでしょう。ヴェスティは自身では生産せず、買い上げており……アルゼンチンから莫大なカネを持ち出しています。》
《兄弟はイギリスの販売の側でも同じような支配的行動をとった。「彼は自分の船で食肉をスミスフィールド(ロンドンの食肉市場)に運び、そこでふたたび価格を支配します」と、アソール公は記した。「そのため卸売市場での彼の競争相手の価格は暴落し、彼はこの暴落した価格で食肉を仕入れます(…)」》
このようにして巨大な富を手中にした人物は、どのような生活をしていたのか。ひたすら蓄積していた。マックス・ウェーバー(『プロ倫』)はやはり正しかった、と。
《ウィリアムとエドモンドはどちらも地味なスーツと帽子を愛用しており、目に見える彼らの最大の贅沢は、おそらく時計と鎖だっただろう。彼らはビジネス以外のことにまったく関心がなかった。タバコも酒もたしなまず、カード遊びもせず、法外な富を手にしていたにもかかわらず、つつましい家に住み、質素な食事をしていた。》
《彼らが生活に充てていたのは自分たちの所得ではなく、所得の金利でさえなかった。彼らの暮らしを支えていたのは金利金利だったのだ。「私は自分の利益はまったく使わない」と、ウィリアムはかつて語ったことがある。「ファーシング硬貨(四分の一ペニーに相当する硬貨で、当時最小通貨単位)一枚に至るまですべて貯蓄する」」》