2020-10-30

●『全体主義の克服』(マルクス・ガブリエル・中島隆博)をパラパラ読んでいたら、マルクス・ガブリエルが、ハーバーマスハイデガー(特にハイデガーだが)について衝撃的な告発をしていて、そんなことが書かれている本だとは予測していなかったので不意打ちされて動揺している。ハイデガー、完全にアウトな人だった……。ハイデカーのナチスへの加担は、心情的な傾倒という程度のものではなかった、と。これは、哲学に詳しい人ならみんな知っている話なのだろうか。

ナチスが政権を取る直前から亡くなるまでの間に、ハイデガーが書き続けた三四冊のノートがあり、「黒ノート」と呼ばれていて、それが公開された、と。以下、引用はマルクス・ガブリエルの発言から。

《「黒ノート」にまつわる議論はとても複雑ですが、ざっとまとめると、こういうことです。

ハイデガーは膨大な量のノートを遺していて、そのほとんどを「存在」について考えるのに費やしています。つまり、後期のハイデガー哲学の曖昧なバージョンのように読めます。後期のハイデカーは、そもそも曖昧模糊としているのですが、ノートに書かれているのは言葉そのものも非常に曖昧で、よくわからない思考が延々と続きます。

ところが、政治的な思索として、ハイデガーとは何者なのかを、はっきり示す部分があるのです。ここまでのわたしたちの議論で、ハーバーマスがある仕方で右派的であるという話をしてきましたが、ハイデガーの場合は、「ごく普通のナチ」だったのです。

ハイデガーが一九三〇年代から一九四〇年代にかけて、弟と交わした書簡が最近出版されました。これを読むと、ハイデガーがどんなふうに国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)に投票し始めたのか、つまりいつから彼がナチになったのかがわかります。それはごくありふれた政治的な理由ですが、いずれにしろ彼は徹底した本物のナチ支持者だったのです。

「黒ノート」で衝撃的なのは、戦争が始まってから、一九四〇年代の末にかけて書かれた部分です。ハイデガーは、はっきりこう信じていました。技術的な疎外〔技術によって人間が駆り立てられることで疎外されていくこと〕の知的かつ歴史的な起源は、ユダヤ人およびユダヤ的精神であると(『ハイデガー全集』第九六巻、五六頁)。

というのも、ユダヤ人が世界を脱呪術化させたとハイデガーは考えていたからです。脱呪術化という考え方はマックス・ウェーバー社会学から学んだものです。これもまた注目すべき点です。》

ウェーバーユダヤ人が技術と近代、そして合理主義を発明したと主張するために、こうした聖書の考え方を取り上げました。しかし、彼はそれにまったく反対しておらず、単に記述しているだけです。ウェーバーは、これを特定の目的のためにねじまげたりはしませんでした。

さて、ハイデガーです。彼はこの種の話を突然受け入れるようになります(同全集、九七巻、一五九頁)。「黒ノート」を書き始める以前に発表された論考では、その手の話は目立っていません。以前の論考ではむしろ自然を数学的に理解することは、デカルトデカルト主義に結びつけられていました。

しかし、「黒ノート」では、デカルト主義がユダヤ人に置き換わったのです(同全集、九四巻、四六~四七頁)。『存在と時間』(一九二七年)は、ユダヤ人であるフッサールが監修する『哲学および現象学研究年報』に発表されたものですから、フッサールの手前、ユダヤ人と書けなかったために、デカルト主義に差し替えておいたのでしょう。》

ハイデガーが『存在と時間』を「尊敬と友情の念を込めて」フッサールに捧げたことは有名な話ですが、ナチスが政権を掌握し、ハイデガーフライブルク大学の総長になると、うってかわって、一九四二年に刊行された第五版では、その献辞そのものを削除しました。》

《これもよく知られた話ですが、石と動物と人間の区別についてハイデガーが書いていますよね(『形而上学の根本諸概念』)。石には世界がなく、動物は世界という点で貧しく、人間は世界を創造する動物である。それは、無生物の自然、動物、人間を区別するものです。

そして「黒ノート」では、彼はユダヤ人のことを「世界がない」と呼んでいます(同全集、九五巻、九七頁)。》

《かつてハイデルベルク大学に在籍していたマンフレート・フランクは次のような話をしてくれました。ほかの人からも同じことを聞いていますが、一九六〇年代にハイデガーハイデルベルク大学で講演をしたときに、そこにいた共産主義者の学生たちが抗議行動を起こしました。大騒ぎになりそうでしたが、ハイデガーは教室に入ると、静かにするようにという身振りをして、学生たちはともかく着席しました。

そして、ハイデガーフライブルク大学の総長に就任したときに彼が行ったナチ支持の演説は間違いだったと明言したのです。誰もが「ハイデガーは自分の罪を認めている」と思ったのですが、そのあとハイデガーが言ったのはこうなんです。「総長就任演説は間違いだったが、政治的な間違いではなかった」。

つまり、彼が言いたかったのは「自分が本当に計画したことを公の場で言うべきではなかった」ということです。公の場でこれを言うのは間違いだった。それは戦略的な間違いだったけれど、もちろん国家社会主義は正しい政府である。彼が言ったことはそういうことです。でも学生たちは理解できませんでした。

暗号を使うようにハイデガーは自分はまだナチだと言い、学生たちはそれを聞いてどうしたらいいのか分からなかった。(…)》

《(…)ハイデガーは、戦後のドイツでナチが力を維持できるように援助していました。それがハイデガーが裏でやっていたことです。彼はそれを死ぬまで続けたのです。》

《メディアもショックを受けていますが、報道されている以上に、「黒ノート」の中身はひどいものだと思います。ここまでひどいとは誰も予想していなかったでしょう。「黒ノート」の公開で、ハイデガーは完璧なまでのナチのイデオローグであったことが判明したのですから。》

《(…)私自身、ハイデガーで哲学の本格的なトレーニングを受けたので、彼のそうした部分を最初のころは本当のことだと思っていませんでした。今のわたしの見方は非常に極端かもしれませんが、ハイデガーが残酷なナチだという見方は、「黒ノート」のような数々の証拠で確認されたと言わなければなりません。》