●ようやく花粉がひと段落して、天気のいい日には窓を開けられて、外から風が入ってくるのが気持ちいい。これから梅雨に入るまでの間が、一年で一番陽気のいい時期だ。
この時期になると聴きたくなる。Taeko Ohnuki - Sunshower (Full Album)。YouTubeより。
https://www.youtube.com/watch?v=98fqXx-KFgI
●夜、そんなに遅い時間ではないけど、街灯もなく暗くて人影もない。交通量も多くなく、大型車両がようやくすれ違えるくらいの道路の歩道を歩いていて、バスに後ろから追い抜かれる。バスにも乗客はほとんど乗っていない。暗くなると外より内部の方が明るくなるから、バスは内側と外側がひっくり返って内側が外に露出されたような感じで走っている。背後から追い抜かれてバスの明るい内部が視界に入ると、その瞬間、自分の視点がバスの内部に移動して、自分一人しか乗客のいないバスでひとけのないさびしい道を通っているような感情が生成される。
この感覚は、実際にバスに乗っている時よりも生々しい。バスに乗っていると、内部は外より明るいから、外(暗さ)が見えない。閉ざされた感じがするだけだ。でも、外にいるときは暗さのなかにいるから、暗さを感じている。その暗さのなかに、内と外とが反転したバスがあらわれ、その明るい内部が図となることにより、暗さが地となって後退し、バスの内部にいるような感覚が現れる。バスの内部の明るさは、外の暗さという地の上に成り立っているから、暗くて人もいないところに、自分の乗るバスがぽつんとそこだけ明るい感じが際立つ。
外の状況を俯瞰的に知りつつ、視点は内部にあるかのような錯覚が生じるから、ぽつんとさびしい感じが強く生まれる。
●小鷹さんのツイッタ―での発言。ほんとにその通りだと思う。
https://twitter.com/kenrikodaka/status/991191838974341120
《「ご長寿早押し」は、僕たちの意識下で粛々と作動する自動連想機械の有様を白日の元に晒すとともに、その連想が(男女問わず)いかに性的なモチーフに方向付けられているかをも語っているように思う。僕たちの中にいる彼らは、普段なんといやらしいことばかり考えていることか。(拮抗する複数の住人)》
意識下にいる《僕たちのなかにいる彼ら》の多くは、ほんとに性的なことか、糞尿のことばかり考えている。そして、そのような彼ら(=わたしたち)の連想の力は「地」をかたちづくる多であるものの一部として、「わたし」の思考に(例えば倫理や公正さについて論理的に考えるときも)決定的なみえない影響(バイアス)を与えている。思考(のみえない「地」)はうんこ、ちんこにまみれている。これは意識化される性欲とは別の次元で働いている(むしろ「欲望抜き」で、というか、「わたしの欲望」として統合されて顕在化するより手前の、「欲望以前」にある彼ら=わたしたちの性向として、自動的にバラバラに作動している)。この点については精神分析の指摘を無視できないと思う。
ご長寿はや押しクイズ(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=L4RiWpu98hU