ホットココア

●近くの喫茶店でホットココアを飲みながら原稿を書いていた。木曜にも、同じ店の同じ席で、同じものを飲みながら、一時間くらい本を読んでいた。注文を取りに来た女の子も同じ人だった。この店は割合に敷地が広いチェーン店で、利用客も多く、大勢の人が働いていて、働いているのはほとんどアルバイトみたいで流動的で、つまり、割合頻繁に利用するけど注文を取りにくるのはいつも違う人で、だから、店の人と顔見知りになる、とか、常連になる、とか、そういうのがあまり好きではないぼくも頻繁に利用できるのだが、たまたま偶然に同じ人が注文を取りにきたのだった。注文を取りに来たのが前と同じ女の子だと分って、同じ席で同じものを注文するのは、何か、「いつもの」みたいな感じで嫌だなあと思ったのだが、こんなに利用客の多い店でそれはいくら何でも自意識過剰というものなので、気にせずに「ホットココアを」と言ったら、その瞬間に相手も二、三日前に同じものをオーダーした客だと気づいたらしく、軽く、「あ」という感じの反応があった。ここで、この女の子は特別に何か大きな仕草をしたわけでもなくて、表情をかえたわけでもないし、ぼくも、その女の子の動きを特に注意して見ていたわけでもなくて目の端でとらえていただけ(鞄から本を取り出したりしていた)なのだが、それでも、相手が何かに気づいたみたいだ、ということが分るというのは、どういうことなのだろうか。「あ」という感じの反応、と書いたのだけど、別に声を出して「あ」と言ったのではないし、その反応がどういうものだったのかを、ぼくは具体的に描写することが出来ないのだった。というか、そもそも、前と同じ女の子だと分るというのも不思議な話で、別の場所で会ったとしたら「あの店の女の子だ」とは絶対気づかないと思うし、これを書いている今、もう既にどんな感じの女の子だったのか忘れてしまっているのだった。