●最近の散歩(07/04/05〜4/7)http://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/sanpo070407.html
●上でリンクしている写真の五枚目は、今日、散歩をしていて行き当たった場所なのだけど、盆地のように周囲を小さな山に囲まれている、それほど広くない一帯で、その山の斜面に粒のように見えているのは全部お墓なのだった。この一帯に住む人たちはつまり、切り立った山の斜面に無数にひろがる墓地に見下ろされ、まるで壁のように墓に取り囲まれて生活しているということなのだ。周囲を山で取り囲まれた閉ざされた感じの狭い一帯なので、ここらで生活している生きている人よりも、墓に埋葬された死んだ人の方が数としてずっと多いのは間違いないだろう。ここら辺りに住んで十八年くらいになるし、けっこう頻繁に散歩しているのだけど、この一帯に入り込んだのははじめてで、なんとも凄い眺めで驚いた。
この写真に写っている道をまっすくに進むと道は山の斜面に突き当たって行き止まりになり、その先は斜面を昇る急で長い階段があるだけだ。それを昇って上までゆくと、そこは丘の上にひろがる住宅地になっている。きちんと区画整理され、道路もゆったりと広くとられていて、一軒あたりの敷地面積も広いし、家の設計もそれぞれの趣味がはっきりと出ているような、まあまあ裕福な人たちが住んでいるような一帯にみえる。しかしそこは、まるでゴーストタウンのようにひっそりしていた。一軒一軒の家を見ると、空き屋ではなくあきらかに人が住んでいる形跡があるのだが、その一帯には、あまりに人がいないのだ。まったく誰一人いないわけではなく、遠くの方から子供たち(といっても二、三人くらいだろう)の遊ぶ甲高い声が響いてくるし、郵便配達のバイクが走ってもいる。犬を散歩させる老人の姿もある。しかし、その一帯の広々とした道路の立派さや、ずらっと立ち並ぶ家々のひろがりに対して、あまりに人が少ないし、人の気配もない。何人かいる人の存在が、却って閑散とした印象を強調しているようだ。先までまっすぐに延びていてずっと遠くまで見渡せる広い道路の真ん中に立っても、走っては停まり、走っては停まりして、ブーンというエンジンの音を弱々しく響かせる郵便配達のバイク一台しか見当たらない。(それぞれの家に車はあるし、路駐している車もあるのだが、誰も乗っていない。)平日の昼間ならまだわかるけど、土曜の、夕方に近い午後なのだ。しばらくその辺りを歩いてみたのだけど、人が住んでいる痕跡ははっきりあるのに、人の気配がほとんど感じられない。まるで、『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の、あたる一家とその友人たち以外誰もいなくなってしまった友引町がリアルに出現したみたいだ。雨がぽつぽつと降ってきたので、早々に駅の方へと引き返し、その辺りにいたのはせいぜい十分か十五分くらいのものだったけど。
今日散歩したのは、電車で一駅行ったところで、住んでいるアパートのごく近所というわけではないのだけど、以前アトリエのあったすぐ近くだし、通っていた大学のあった駅の近くでもあって、その辺りはかなり頻繁に歩いている。なのに、あんな場所があるなんて今までまったく知らなかった。駅から、以前アトリエがあった場所へと向かう道の途中で、「そういえばここを曲がったことがなかったなあ」と思って、その道を入っていって、しばらく行ったら行き当たったのだ。人に行動や考えを導く「筋道」は、けっこうパターンが決まってしまっていて、それを外れるのは案外難しいものなのだとつくづく思い知らされた。しかしそこから外れて進んでみると、思ってもみなかったものにぶつかることもある。自分に親しい筋道のパターンから外れるには、別の方向を指し示してくれるような「気付き」と、意識的に筋道を外れてみようとする「意思」が、多分両方必要なのだろう。