08/05/01

●『櫛の火』(神代辰巳)をビデオで。はじめて観たのだけど、これは神代監督のなかでも最高傑作の一つなのではないか。はじめから思い切りだるだるな感じで、決してテンションが上がることなく、終始かったるそうな感じが持続して、しかし延々と執拗に、薄暗いところで男女がひたすら絡み合っているだけ、という映画。物語的にはけっこうヘビーな話なのだが、映画としては重たいというよりダウナーな感じで、ひたすらだるだる、ぐずぐず、ずるずるで、ドラマの重さとかはどこからただだ漏れになって、どうでもよくなってしまう。神代監督の映画は皆、多かれ少なかれそんな感じではあるが、ここまで徹底して「それだけ」というのは(全作品を観ているわけではないが)他にはないんじゃないかと思う。それは、原作が古井由吉であることとも関係があるのかもしれない。(ラストシーンでは、ジャネット八田は見事に古井由吉的な「女」になっていた。)ドラマも、映画的な時間や空間も、だるだるの雰囲気のなかで、すべてがだるだるに流れていってしまうという半端ではない凄さ。さすがに神代辰巳といえども、ここまでのだるだるに達することが出来たのは稀だったのではないか。
主演の男性が草刈正雄だったというのも良かったのだと思う。例えばもしショーケンとかだったら、もっとやりすぎてしまうというか、元気が良過ぎるというか、過剰な感じがでてしまって、ここまでだるだるにはならなかっただろうと思う。最初のカットでの、草刈正雄のなんとも力の抜けたうめき声からして、だるだる感全開なのだ。このだるだる感はおそらく、七十年代という時代と不可分なもので、今、これをやろうと思っても誰にも出来ないのだろうなあ、と思った。(おそらくこの時代には「アンニュイ」という言い方で言われるものがある実質を持って存在していたのだと思う。)昔は誰もがやった(「こんばんは、森進一です」と同じくらい誰もがやった)「(歯を噛み締めたままで)こんにちは、草刈正雄です」というモノマネを、久々に思い出した。(草刈正雄ジャネット八田桃井かおり高橋洋子河原崎長一郎岸田森名古屋章芹明香、とつづくクレジットをみただけで、ああ、この時代、と思ってしまう。『櫛の火』は75年公開。)
『赤線玉の井・ぬけられます』や『悶絶!!どんでん返し』のような破天荒さや、『四畳半襖の裏張り』のような端正さに依らずに、ただ神代監督のだるだるな資質のみを最も徹底して追求した、ちょっと凄い作品。