●宅配便のノックで目が覚めた。ちょうど夢をみている時に目覚めたせいか、さっきまで見ていた夢を、異様なくらい鮮明に覚えていた。意識的に夢を思い出そうとしなくても、向こうから勝手に、湧き出てくるように、鮮明なイメージが頭の中につぎつぎと貼りつき、それが、目覚めて、今、見て、触れている、この現実の知覚よりもずっと強くて鮮やかなので、頭がおかしくなったのではないかと怖くなるくらい。宅配便の荷物を受け取ってから、しばらく椅子に座って、次々と押し寄せてくるイメージをただ呆然と受けとめていた。しかし、あれだけ鮮明だったイメージを、これを書いている今は、ほんのいくつかの場面をぼんやりと憶えているだけになってしまっている。バスに乗っていた。どこかの公園で降りた。夜だった。人形が落ちていた。無免許で、操作の仕方もよくわからないままスクーターに乗っていた。スピードを出しすぎだが緩める術は知らなかった。ブレーキが効かなかった。細い路地で、奇妙なおっちゃんにからまれた。どこか、とても標高が高くて見晴らしの良い場所を訪れていた。
●宅配便で届いたのは、本の初校ゲラ。ここまでくれば、きっと、十中八九、本はちゃんと出るのだろう。収録されるのは、収録順に、磯崎憲一郎論、柴崎友香論、福永信論、岡田利規論、青木淳悟「このあいだ東京でね」論、古井由吉「白暗淵」論、大江健三郎「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」論。それに、これから書く、まえがき、なかがき、あとがき的な文章がつく。タイトルは『人はある日とつぜん小説家になる(仮)』で、これは、本の内容ともほとんど関係なく、ぼくの主張-メッセージというわけでもなくて、ただ、一番最初に収録される予定の磯崎論の、最初の一文をそのままタイトルとしたもの。今日は、まえがき的な文章を書いた。