●午後五時半頃、買い物のために外に出た。南から北へ向かう道を右に曲がって、西から東へ向かう道に出る。暮れかけてやや暖色が強調された低い太陽の光を、建物の西側の壁が明るく反射している。せりあがった斜面に段々に建つ家々が照らされて触れられるように近くに見える。空気が澄んでいるのか、遠くまでくっきりと、不自然なくらいクリアに見える。目に見える物が、少しの曖昧さもなく切り立ったエッジで見える。空の青が、こちらに迫ってくるようで、それでいて底なしに深いように濃い。雲が油絵具で描かれたようにねっとりと硬い。停まっている自動車の丸みのある車体と車窓が、その空を歪ませて冷たく映す。暑くもなく、寒くもなく、身を、輪郭を保ったままで軽く緩ませるような陽気で、空気は乾燥し過ぎるでもなく、気持ち良い程度に程よく乾いて肌に当たる。年に何度かしか訪れない、体の内側の状態と、外側の気象とがぴったりと釣り合っているような快適さのなかを、それを味わうようにゆっくりと歩く。こういう状況はいつも不意打ちでやってくる。買い物などキャンセルして、このまましばらく散歩しようかと思ったが、日は暮れはじめて、光は刻々と変化していて、今の状態は長くはつづかないと思われた。長く散歩をつづけると、今の「完璧なこの状態」の感覚がかえって曖昧になってしまうと思って、少し回り道をするくらいにして、さっさと買い物を済ませて、さっさと帰ることにした。店を出る頃には、快適ではあるが、完璧というほどの感じではなくなっていた。