●西川アサキ「ドストエフスキー・ピッチ」(「別冊文藝 夢野久作」)。早稲田文学の「剣山を横へ…」には綾波初号機と綾波系867号というスペックの大きく異なる二人の人工知能が出てきて、綾波系867号は次のように考えていた。
≪私の体験、クオリアの数。私の意識の回数。それは初号機の何倍に相当するのか? とりあえず四通り考えてみる。(1)計算速度の違いに正比例 (2)実はうまく変換すると同じ数 (3)計算速度に反比例し、初号機の方が多い (4)比較不能なので、問いに意味がない***と867号は考える***ゆえに彼女は存在する。≫
ドストエフスキー…」では、(3)の考えがさらに展開されている。システムが複雑になればなるほどクオリアが減少するという考えはすごく面白いと思う。
≪もしベルグソン夢野久作が正しく、システムがより複雑な情報転送システム(電話交換局、あるいはルーター)を内蔵する程、クオリアの量が「減少」するとしよう。より密なフィルターが、より物質を濾しだすように。その場合、成人より胎児、ヒトよりも粘菌、粘菌よりも素粒子がより複雑なクオリアを持つ。胎児は生物史、素粒子は宇宙史を夢見る力を。もし神が宇宙で、ビッグバン当時の極小状態が最大のクオリアを持つなら、膨張と内部ネットワークの複雑化はより単純な意識、少ないクオリアに向かっての「進歩」、あるいは入眠となる。時間を遡るなら目覚めか。宇宙という胎児の夢。≫
●昨日、一昨日と書いた話のつづきだけど、今日、ダンカン・ワッツの割合と新しめの本(『偶然の科学』)を読み始めたのだけど、そこに、ミルグラムの「六次の隔たり」の実験を数年前にEメールを使って追試して、ミルグラムによる四十年前の実験とほぼ同様の結果(七次の隔たりで繋がっていた)が出たのだが、その繋がりのなかに特に目立ったハブのような存在は見当たらなかった、と書いてあった。「ハブ」というのも、説明のためのそれらしい物語の一つに過ぎないみたいに書かれている。それに次いで、いわゆる「インフルエンサー」に関する数理的なシミュレーションでも、確かに他の個人よりは影響力の強い個人はあったとしても、流行が広まるのに重要なのはネットワーク全体の構造であるという結果が出た、と書いてある。≪最も重要な条件はひと握りの影響力のある個人とはまったく関係がない。むしろ、必要数の影響されやすい人々が存在し、この人々がほかの影響されやすい人々に影響を与えるかどうかにかかっている。≫あらあら、という感じだ。
森林火災と同じで、いろいろな条件が偶然に重なった時に大きく燃え広がるのだ、と。そしてそれはごくまれにしか起こらないことが、ツイッタ―のリツイート数を分析することで分かった、と。≪データとした七四〇〇万本の鎖のうち、リツイート数が一〇〇〇回に達したのはわずか数十本だったし、一万回に達したのは一、二本にすぎない。≫
これだと確かに民主主義的ではあるけど、ただあまり面白くはない。でも、「スケールフリー」の話と「影響されやすい人々」の話を両方くっつけるハイブリット構造を考えると、ちょっとは面白い感じになりそうな気はする。「この世界」が実際に「面白い形」をしているかどうかは分からないけど。