2022/08/18

●『獣になれない私たち』の登場人物で、田中圭のあり方のバランスはとても難しいと思った。彼を「悪役」にしてはいけないし、田中圭新垣結衣の過去の関係を「間違い」にしてはいけない。しかし同時に、新垣が田中と別れることの必然性を感じさせ、かつ、彼との関係では新垣が開放されないということもまた、納得させられなければならない。

一話の最初の場面では、田中はあまりよい感じの人物としては登場しない。最初の場面で新垣と店で二人で飲んでいる田中は、別の席で松田龍平と飲んでいる菊地凛子の服装について新垣に、「ああいう恰好はどこに向かってアピールしているんだろうね」、「あれが好きな男はそうそういないだろう」というようなことを言う。そこで、ああ、この人はこういうことを言う人として設定されているのか、と、まず思う。それに対して新垣は、「着たい服を着ているだけなんじゃない」と答える。

この言葉の裏に新垣の「今この男すげーつまんないこと言ったんですけど」という心の声が聞こえるようだ。「どこに向かってアピールしているのか」「着たいものを着ているだけだ」というやり取りは、なんということもないようでいて、けっこう大きな亀裂を孕んでいる。この、冒頭のなんということもないちょっとしたやり取りで、カップルの今の状態がちゃんと分かるようになっている。

だがこの後につづくドラマの展開をみれば分かるのだが、田中は決して悪い人ではないし、聞き耳を持たない人ではない。何か問題を指摘されれば、それについてちゃんと考えたり、反省したりすることが出来る人だ。だから、この時、この点について新垣がもっと突っ込めば、田中は、今、自分がいかに下らないことを言ってしまったのかを、ちゃんと分かって、反省したのだと思う。

だけどここで新垣は、問題を指摘するのではなく、決して相手を傷つけないような絶妙な返しをする。「わたしも(田中圭の)お母さんに会う時にあんな恰好していこうかな(しばらく間をおいて、笑い)」。田中の、「何に向かってのアピールか分からない」という主張には決して同意はしないが、異議を唱えることもなく、話題の位相を変えて「笑い」にする。それに対し田中は、「え、え、おどかすなよ(トホホ、笑)」となって、ほんの一瞬の小さな緊張は、笑いによって和やか解消されて着地する。

この絶妙の返しができるからこそ、新垣は誰からも愛される人気者であるのだが、だからこそ(誰に対しても常に「誰も傷つけない返し」をしてしまうが故に)、ホームで無意識のうちに電車に引き寄せられてしまうほどに疲弊しているわけでもある。四年も付き合っていて結婚も視野に入っている男性に対してさえ、「え、ちょっとそれ違うんじゃない」と言えないで、相手の気分を害さない形で(相手にとっての「都合の良い」形で)話題をふんわりと収束させてしまう。(もちろんこれはドラマを終盤まで観てからはじめて言えることだが)彼女のこのようなあり方こそが、二人の関係の停滞を招いた大きな原因の一つとさえ言えるのではないか。

そのような(全方位に対して気配りを発動させてしまう)新垣結衣が、まさに「相手の気分を害する」ことしか言わない松田龍平や、周囲との摩擦を厭わずに思う通り振る舞う菊地凛子との付き合いのなかで徐々に変化していく、というのがこのドラマの展開の主線であるのだが、上でみたように、ドラマの最初の場面のごく短いやり取りのなかにそのメインの主題(モチーフ)が既にきっちりと提示されている。本当にきれいな脚本だなあと思うのだった。