●「「オブジェクト」はわれわれが思う以上に面白い」(エリー・デューリング、清水高志柄沢祐輔)で強く興味を惹かれるのは、「メタ・スタビリティ」という話だ。ぼくにとっては、プロトタイプと言われるよりも、メタ・スタビリティと言われた方が分かり易い。
http://10plus1.jp/monthly/2016/08/pickup-01-4.php
《清水──デューリングさんにお聞きしたいのですが、去年プロトタイプについて柄沢さんと議論をしたとき、シモンドンのメタ・スタビリティ(安定性)という概念について触れられていたそうですね。たとえば、自動車のエンジンは初期の段階では熱によって炎上しやすかったので、空冷のための機構の形がさまざまに検討された。──これを不安定化とシモンドンは呼びますが、こうした状況のなかでもやがて一つの形状が決定されてくる。これを「安定化」という、という話です。このとき産み出された形状は、自動車の空冷を目的としたものですが、いったんオブジェクトとして成立すると、さまざまな用途への応用をあらかじめもったものになる。──つまりそれは、メタ・スタビリティをもったものになる。プロトタイプとはそういうものだ、という話です。
このときの「メタ(Meta)」は、どういうニュアンスのものだったのか、できればもう少しお聞かせ願えませんか?》
《デューリング──私の理解では、メタ・スタビリティはヴァーチュアル性と関係があるんです。メタ・スターブルというのは、ヴァーチュアルに多くの異なる状態や、ありうべきスタビリティの水準を含んでしまっている状況です。その意味ではそれは不安定なのですが、私たちは通常不安定さということの意味についてとても貧しい概念しか持っていないのです。基本的に私たちは、あるものがしっかり固定されていなくて、落ちたり壊れたりする危険があるとき(たとえば、壁に絵がゆるく固定されているとか)に使うのです。シモンドンの場合は、諸々の状態がヴァーチュアルなかたちで重ねられたものを扱うことになります。》
《清水──すると、形而上学(メタ・フィジックス)という場合のメタも、同じようにフィジックスからヴァーチュアリティへと潜行し、異なる様態を産み出すものと考えることができるでしょうか? 》
●初期の自動車のエンジンは自身の熱によって度々炎上するという問題があった。そこで、エンジンを冷やす空冷機構のためのさまざまな形状が検討された。このように、問題解決のためにさまざまな異なる試みが行われることを「不安定化」と言う。そのさまざまな試みを通じて、落としどころとして最適であると思われる形状が淘汰のようにして決定されてゆく。これが「安定化」である。しかし、この安定化として生まれた形状は、空気によって何かを冷やすというプロジェクトにあるさまざまな可能性を潜在的に含んだものとなる。つまり、多くの可能性をその内に含んでいるので、空気によって熱を冷やすという用途を必要とする様々な別の物への転用(変容)へと開かれているという意味で、不安定な形状であるとも言える。このような、多くの潜在性をもつことによって生じる、最適解であると同時に移ろいやすい性質(様々な応用的変形への潜在性)をもつ状態のことを「メタ・スタビリティ」と呼ぶ。作品を「プロトタイプ」として制作するというのは、作品をメタ・スタビリティと言える状態のものとして制作するということだろう。ぼくは、そのように理解している。
●そこで、プラクシスとポイエーシスの違いが出てくる。
《清水──千葉雅也君も切断ということを言うよね。僕はそのとき「切断」はあっても、プラクシス(実践)になってはいけないと思う。
柄沢──ポイエーシス(制作)にならないといけない。
清水──そう、ポイエーシスにならないといけない。いくつかのプラクシスが合流するような、そんな対象を作品としてポイエーシスすることが必要だと思うんです。
柄沢──そこで重要なのはハイブリッドがつぶれないように「切断」することで、それをどうすればいいかはまだ課題です。
清水──ポイエーシスされる作品というものは、複数のアプローチが合流するようなものであり、それによってそれぞれのアプローチの意図や目的はずらされる、流れの向きを変えることになる。それがつまり「切断」ということだと思うんだ。》
●この鼎談について、柄沢祐輔さんからメールをもらった。ぼくがs-houseについて『新建築 住宅特集』に書いたテキストの内容と、ほとんど同じようなことをエリー・デューリングがs-houseについて言うので驚いた、と。読んでみたら、本当に同じようなことを言っていたので、ぼくも驚いた。下のリンクはぼくが書いたものです。
https://note.mu/furuyatoshihiro/n/n7dd2443dacb9