2022/11/11

●『王国(あるいはその家について)』(草野なつか)。観るのは二回目だけど、こんなに「顔」ばかり映し出される映画だったっけ、と思った。前半はそうでもない感じだが、映画が進むにつれてどんどん顔に寄っていく感じ。この「顔」への注目は何なのだろうと考え、「顔」こそがミニマムに(微妙に、繊細に)フィクションが立ち上がる場所だからではないかと思った。渋谷麻美の顔とアキちゃんの顔の間にある細かく段階分けされるグラデーション。渋谷麻美の顔における「アキちゃん成分」が、濃くなったり、薄くなったり、ゆらゆら揺れている様を捉えたかったのかなあ、と。本当にちょっとした表情の変化によって、グッと「アキちゃん成分」が増したりする。

(細かいことだが、ショッピングモールに買い物に行く場面で、「30分ってけっこう遠いね」「そう?」という会話の流れで、「だって新宿から三鷹までくらいだよ」とか言うのだが、なぜここで東京における時間=距離が「中央線(総武線)基準」なのかと思うのだが、これは主人公の東京での生活圏を表現しているのだろう。)

●この映画で最も多く繰り返される場面は「じょうなん中学が昔は荒れていた」ことについて会話を交わす場面だが、何度も繰り返されるこの場面は、前半では最も重要な(緊迫した)部分が意図的に切られている。この場面では、主人公の友人のノドカが、おそらく無意識のうちに夫のナオトの意見に従ってしまう傾向があることが示されている。この傾向は、重要な部分が欠落したままでも十分に匂わされるが、(後半になってはじめて現れる)欠落した重要な部分でよりはっきりと示され、それに気づいたアキがその事実を(ナオトには分からないような言い方で)ノドカにはっきりと指摘する。

(さらに、この欠落部分では、アキにとって「触れてほしくないところ」まで、踏み込んだ会話がなされる。)

また、アキと、ノドカの夫のナオトとが二人で言い争う場面も、前半で何度か反復されるが、この場面も、前半においては最も緊迫した部分というか、二人がはっきりと「決裂」する部分は落とされている。だが、この映画のちょうど真ん中あたりで、この場面が、この映画では例外的に「実写的(リアリズム的)な風景」のなかで撮影されたパートが現れ、そこでは「決裂」まできちんと示される。というか、映画の真ん中ではっきりと露呈するこの「決裂」によって作品の様相が変化し、後半にはより「踏み込んだ」部分が現れるようになる。

(追記。真ん中の実写=決裂の場面の次の場面で、おそらくこの映画で初めてアキとノドカの会話が「切り返し」で示される。)

この映画は、物語を構成するいくつかの場面が、物語的な時系列から切り離された無関係な順序で立ち上がり、何度も反復されるという形で進行する。だから、物語的な意味での「展開」には則っていないし、時系列は(前半においては)示されない。時系列から浮いた「場面たち」が、いわば「時間の外」で形作られるネットワーク的な関係を作り上げることによって主題が掘り下げられていく。しかし同時に(当然だが)、物語的展開とは別の、映画としての時間的な展開がある。

それは、「取調室」→「前半の反復によるネットワークの深まり」→「実写(決裂)」→「後半のより踏み込んだ部分を含む反復(緊張の度合いが増す)」→「本読みによる物語的時系列の提示」→「手紙(総括)」→「改めて、じょうなん中学の反復」という展開となっている。そして、この展開が進むごとに「顔」への注目が深まっていくようにも感じられた。

たとえば、「じょうなん中学」の場面は、物語上の時系列としては最初の方に置かれる場面だと思われる。しかしこの場面の重要な部分で主人公アキは、この作品においてとても重要で決定的なことを言う(ノドカは「アキちゃん、それズバッと言い過ぎ」とリアクションする)。だからこの部分は、場面間、テイク間のネットワークが十分に緊密に張り巡らされた後半になってから、初めて現れることができるのだと思われる。

この映画では、(1)反復によって各場面間、各テイク間のネットワーク的関係が緊密になり、深まっていくという流れ(「展開」と言うより「積み重なり」と「深まり」)。(2)それとは別の、前述した「映画」としての時間的展開、(3)「本読み」のパートで示される物語的な時系列の展開、という三つの質的に異なる「展開(深まり)」が同時に走っていると言えると思う。

●追記。表情はまったく異なるものの、「領域」について考える(「領域」という概念を再構築する)映画という意味で、『王国(あるいはその家について)』と『にわのすなば garden sandbox』(黒川幸則)とを比べて考えるのも面白いかもしれない。この二本の映画は撮影者が同じだ。

●『王国(あるいはその家について)』について、過去に書いたもの。

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