クレパスで描いていると、その色数の少なさですぐ壁に突き当たる、と前にも書いた。色数とは、たんに色のバリエーションのことではなく、狭い幅のなかでの、細かい違いが出せないということだ。例えば、ぼくが普段タプローの制作の時使っているカラージェッソもきわめて限定された色のバリエーションしかないし、実際ぼくが使っている色数はせいぜい6、7色くらいのものだ。でも、例えば「青」なら青という狭い範囲のなかで、いくつか質の異なる色がある。セルリアンブルーとコバルトブルーとネイビーブルーとの違いは、明るい青(薄い青)、中くらいの青、暗い青(濃い青)というだけでなく、当然だが青としての質が違う。だから、それぞれに白を混ぜて、同じくらいの明るさ(濃さ)の「水色」を作ってみると、それぞれ(極めて近いにも関わらず)違う三つの水色ができる。さらに、それぞれの異なる青同士を混ぜ合わせたり、暖色系の色をほんの僅か加えてみたりすると、さらにニュアンスの幅がひろがる。(それは「何色」というような言葉では決して捉えることの出来ない、ただ「それを見る」以外にない色で、だからおそらく、その色はそれを「見ている時」にしか感じられず、思い出すことは困難だろう。画家は、「視覚的」には憶えられない複雑な色を、絵の具の配合と、それを混ぜる行為の組み合わせによって、記憶することで、それをボキャブラリーに加える。)色彩の豊かさは、たくさんの色が同時に使われていることではなく(それはしばしば色彩の不感症を招く)、このような、トーンも色味も極めて近いにも関わらず、そこに「質」の違いがあることが「分る」ような色のバリエーションを、どのように的確に使い分けできるか(つまり、それらをどう関係づけることができるか)にかかっている。
●と、ぼくはずっと思っていたのだが、最近ずっと集中的にやっていた、「黒い線」だけでするドローイングで発見したのは、必ずしも、そのような色彩の微妙な調整は必要なくて、白い紙と、そこに引かれる黒い線との関係、黒い線同士の関係や響き合い、黒い線によって区切られた白い部分の形態や動きや面積の関係、等々によって、ただ、「白」と「黒」とのざっくりと分かれた二つの色だけであっても、その見え方にかなり多様なニュアンスを含ませることが出来る、ということだった。
●例えば、机の上のリンゴを描くというのは、画面に、リンゴや机にそっくりの形を描き、そこに、現実のリンゴや机そっくりの色を再現させる、ということではない。机の上にリンゴがのっているという現実の空間の状態と同等の複雑ををもった状態を、画面のなかに、キャンバスと絵の具とを関係づけることによってつくりだし、何らかのやり方で、両者を響き合わせることだろう。(机の上の現実のリンゴと、木炭紙と木炭でつくられたリンゴとでは、もともとマテリアルが異なる、ということが前提としてあって、その上で、何を響き合わせることが出来るのか、が問題となる。)だから、木炭で黒々と描かれたリンゴから、実物のリンゴ同様に、太陽の光を吸収したことを感じさせる赤や黄色の感じさえ、リアルに感じ取ることも出来るのだ。
●で、クレパスのドローイングだけど、塗り重ねは出来ても混色の出来ないクレパスでは、例えば(ぼくが今使っている「サクラクレパス」の20色のやつでは)「青」は、水色と青と群青の三つしかバリエーションがない。その中間に無数にもあるはずの色を望むことが出来ない。(ここで間違えてはならないのは、色は決して言葉ではないから、水色と青と群青とは、連続的に変化する青の状態の三つの切断面ではなく、それぞれ全く「別の色」である、ということだ。前述した通り、もともとある「水色」と、青に白を混ぜたら出来るだろう「水色2」とでは、明度を正確に一致させても、同じ色にはならない。それは違う顔料=物質から出来ているので、物としての性質も違う。水色のクレパスは練りがやわらかく、色は透明度が低く、下のある色をより強く隠蔽する力をもつが、群青は硬くて、透明感があり、下の色がやや透けて見える、とか。)それは、単純で、しかも互いに全く関係のない、数少ない単語だけを組み合わせて、自分の言いたい事を何とか言わなければいけない、というような状態に近いかもしれない。自分の趣味にぴったりくる青は、クレパスのなかにはあり得ない。青でしたら、この三つのなかから選んでいただく事になっております、と冷たく断言されるような、強制された選択肢の貧しさのなかに置かれる。でも、このような暴力は時に、自分の趣味や判断基準(の思い込み)を相対化してくれることになるかもしれないし、あるいは、貧しいなかでやりくりする頓知や運動神経を鍛えてくれるかもしれない。さらに、この貧しさのなかで、何か発見があればよいと思う。
●まあ、これらは作品というより、半ば落書きで、半ばエクササイズ、というようなものでしかないけど。(サクラクレパス3http://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/sakura.3.html)