●『宇宙は本当にひとつなのか』(村山斉)を読んだ。わかりやすく書かれたシンプルな入門書だが、とてもおもしろい。宇宙物理学はすごいことになってるみたいだ。
《私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。ですが、その原子は宇宙全体の五パーセントにもならないのです。残りの九六パーセントは何なのか。実は約二三パーセントが暗黒物質で、約七三パーセントが暗黒エネルギーなのです。(…)暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますがその正体はわかっていません。》
いきなり、暗黒物質とか暗黒エネルギーとは超あやしい感じ。そして、暗黒エネルギーの存在は、宇宙が一〇の五〇〇乗個あるかもしれないという多元宇宙を予想させるという。
《今、宇宙研究の現場では暗黒物質をつかまえる一歩手前まできています。暗黒物質がなければ、地球も、太陽も、星も、銀河も、生まれませんでした。私たちは暗黒物質のおかげで生まれたと言ってもウソではあれません。しかしその正体はまだ不明です。》
《一方、暗黒エネルギーは逆で、せっかくできた宇宙の大規模構造を引き裂いてバラバラにしようとしています。この正体はもっと不明ですが、日本のすみれ計画等で徐々にはっきりしてくるでしょう。今一番の有力候補は「真空のエネルギー」です。なぜ真空がエネルギーを持つのか。これはミクロの世界を支配している量子力学の予言です。しかし、計算してみると、欲しい量の一〇の一二〇乗倍。これでは宇宙は誕生後間もなく引き裂かれてしまい、星も銀河も生まれる時間がありません。ここで出てきた考え方は、宇宙はもっとたくさん、もしかすると一〇の五〇〇乗個もあるかもしれない、という多元宇宙論です。たくさんの宇宙のなかで、「たまたま」真空エネルギーが十分小さかったものがごくわずかあり、私たちの宇宙はその一つだというのです。》
本書の概要を簡便にまとめたこの「はじめに」だけ読むととんでもないオカルト本みたいにさえ感じられてしまう。
●まず「暗黒物質」はどのように発見されたのか。太陽系において太陽を中心として惑星がその周りを回るように、銀河においても、ブラックホールを中心として星たちが回っている。通常、回転速度は中心に近いほど早く、遠くなるにしたがって遅くなる、はず。事実、太陽系はそうなっている。銀河の回転速度も、観測技術の発達によって正確な数字が出るようになったのだが、銀河では中心から遠ざかっても回転速度は遅くならない。
たとえば太陽系は天の川銀河上を秒速二二〇キロメートルで移動しているのだが、この速度で動いていて銀河の外に飛び出さないのは、それ相応の重力によって引っ張られているはずである。しかし、銀河の中心から遠く、しかも周囲の星の密度が低くなっていっても、回転速度は変わらず、外に飛び出しもしないとなると、そこに星以外の、重力を発生させる見えない「もの」が存在しなければならなくなる。
《これを説明するにはこう考えるしかありません。銀河の外縁部に向かうと、星がなくなっているように見えるが、その空間にはものがたくさん存在しているのだと。それで、銀河の外側の方に行けば行くほど、物質が増えて、重力が思ったよりも弱まらないので、銀河の外縁部には重力のもとになるようなものがたくさんあると考えられるようになったのです。》
●この「目に見えないもの(暗黒物質)」は、光が重力によって曲がってしまう性質を利用した重力レンズによって計測可能である。
《この暗黒物質地図づくりではっきりしたことは、宇宙にある物質の八割以上は、原子ではないということです。何かはわからないけど、原子とはちがうものなのです。》
銀河団の中での暗黒物質は、完全な球状ではありません。重力レンズ効果によって数十個の銀河団を調べてみると、どの銀河団でもフットボール形をしていました。そして、銀河団の中心部から離れていくと、暗黒物質の量は減っていくのですが、なくなることはありません。数百万光年も離れてもまだありました。観測データをみる限りでは、銀河団もそのほとんどを暗黒物質が占めていたのです。》
●銀河と銀河が衝突するという場面では、ふつうの原子(物質)であるガスと暗黒物質がズレるという現象が起こる。このことによって、暗黒物質が他の物質とは反応しない《お化けのような粒子》であることがわかる。
《そのときの様子をコンピューターでシミュレーションしてみました。銀河団はほとんどが暗黒物質でできていて、中にちょっとガスや星があるのですが、その銀河団同士が衝突するとガスは普通の物質ですから、しっかりと反応して、高温になり摩擦が起きます。しかし、暗黒物質は周りのものと反応しませんから、何もなかったように通り抜けてしまいます。ガスは摩擦のためスピードが遅くなり、暗黒物質は摩擦がないので、ずれてしまうのです。》
●宇宙をうんと俯瞰でみて、銀河を点のように捉えると、点と点が線のようにつながっているところ(フィラメント構造)と空洞になっているところ(ボイド)とに分かれる(宇宙の大規模構造)。そしてこのフィラメントとボイドの散らばりや濃度は、宇宙のどこを切り取ってもほほ均質になっている(宇宙原理)。
《均質な宇宙も、細かく見ると、フィラメントとボイドという構造をもっています。こういった構造はどうしてできたのでしょうか。コンピューターシミュレーションで計算してみると、おもしろいことがわかりました。シミュレーションですので、暗黒物質がある宇宙とない宇宙をつくってみて、比べることができます。暗黒物質がある場合は、暗黒物質が重力で引き合い、集まってくるので、だんだんと濃度の差、つまり濃淡ができてきます。暗黒物質がたくさん集まった場所は重力が強いですから、そこに普通の原子でできた物質が引きずり込まれ、銀河ができて、大規模構造もできてきます。しかし、暗黒物質がない場合は、暗黒物質の濃淡もできずに、どこまで行っても同じで区別のない宇宙が続きます。もちろん、星や銀河もできません。》
《つまり、暗黒物質がないと、星や銀河ができず、私たちも生まれないということになります。ですから、宇宙にどうして私たちがいるのだろうかという疑問の答えは、実は暗黒物質が握っているのです。》
●では、暗黒エネルギーはどのように発見されたのか。宇宙は一三七億年前に生まれ、膨張をつづけているが、その膨張速度は徐々に遅くなっていると予想されていた。宇宙の総質量がかわらないとすると、膨張によってその密度は低くなり、エネルギー密度も低くなるのだから。しかし、最近可能となった超新星による膨張速度の測定によって、その速度は早くなっていることがわかった。
《それにもかかわらず、宇宙の膨張速度は速くなっていました。たとえば、宇宙が倍の大きさになったとしたら、今までは、その中身のエネルギー密度が薄くなっていると考えられていました。でも、そうではない。宇宙がどんどん大きくなるにつれて、どこからともなくエネルギーが湧き出てくる。そのようなへんてこりんな状態になっているというのです。》
《なぜ、このようなことが起きているのでしょう。それは宇宙が大きくなっても薄まらない何かがあるからです。それが暗黒エネルギーなのです。しかも、この暗黒エネルギーは、なぜかわからないけれど、エネルギー量が増えるものらしいのです。》
●ここまでくると、「それホントなの」となって簡単には飲み込めなくなる。じゃあ、エネルギー保存の法則や物質の保存の法則はどうなるのか、という問いには、けっこうあっさり次のように答える。
《物質保存の法則は、実はもう成り立っていません。核反応や加速器を使った実験をおこないますと、反応の前後で物質の量が増えたり減ったりすることがありますので、物質だけでは保存しないことがわかっています。》(ここは後にでてくる「異次元」に関わる。)
《(…)エネルギーが保存する場合というのは、時間が経っても物事があまり変化しないときなのです。そのような状態ではエネルギーが保存することははっきり数学的に示せるのですが、宇宙の場合には、時間に原点があります。宇宙が始まって、どんどん大きくなっていくということで、時間には始まりがあります。そして、もしかしたら終わりもあるかもしれない。そういう場合には、実はエネルギーを保存しないということもわかっているのです。(…)
結論としては、膨張している宇宙ではエネルギー保存の法則は成り立たないということになります。》
●このように、エネルギーが増えたり減ったりするという話から「異次元」が出てくる。たとえば、電磁気力に比べて重力はとても小さいため(力の差は三六桁分もある)、この二つを一緒に扱う統一理論は困難とされる(アインシュタインにも果たせなかった)。では、なぜ重力はそんなに弱いのかということについてのニマ・アルカニ・ハマドの仮説。
《電磁気力はこの三次元空間の中にへばりついているので、二つのものを離していっても、三次元空間のなかでしか強弱がついていきません。ですが、重力は異次元の方向にも出られるとすればどうでしょう。二つのものを引き離していくと、重力は三次元方向だけでなく、異次元の方向にもにじみ出していくので弱くなっていくということが起きると考えられます。》
《この理論が発表されたのは一九九八年のことです。たくさんの研究者に衝撃を与え、それ以来、異次元という考え方は宇宙論のなかで盛んに議論されるようになりました。》
●異次元を探る実験にはたとえば以下のようなものがある。この実験は『シュタインズゲート』に出てきたセルンのLHCで行われているらしい。
加速器で高いエネルギーにした粒子をぶつけたときのことを考えてみます。電磁気力や普通の物質は三次元の膜にはりついたままですが、重力は異次元にしみ出すことができます。粒子を高いエネルギーでぶつけ、その一部が異次元の世界に出ていってしまうと、見かけのエネルギーが減ったように見えます。そのエネルギーの減少を探そうというものです。アイデアとしてはとても簡単です。》
●異次元という概念を念頭において質料とエネルギーの関係を考えると、逆向きの方向として、異次元を運動している粒子は、私たちには、停まっているのに大きなエネルギーをもっているように映る、という風にもなる。
《大きなエネルギーは質料、つまり重さに置き換えられますので、何もしていないのにエネルギーが大きな粒子は、私たちの目から見れば重たい粒子と映るのです。つまり、異次元で運動している粒子は、運動しているエネルギーの大きさによって、重さが変わります。しかもその重さはどのような値を取ってもいいわけでなくて、一定の規則性をもった飛び飛びの値になります。そのような粒子が沢山あるように見えます。》
●前の前で、エネルギーの収支があわないことをもって、力が異次元へにじみ出た事とする実験をみた。ところで、このようなエネルギー収支の不一致のようなことは量子力学のレベルでは普通にあるという。
《波の性質を併せもつ粒子は、狭いところに押し込められると非常に激しく揺れます。ですから、ミクロの世界で粒子を短い時間観測するととても大きなエネルギーをもっているように見えます。ほんの少しの時間であれば、他からエネルギーを借りてくるようなことができるのです。エネルギーを借りるなんて言うことは、私たちの世界では考えられないことです。》
量子力学の場合は、お金ではなくエネルギーを借りてきます。借りてきたエネルギーで粒子や反粒子をつくっているのです。軽い粒子・反粒子はあまりエネルギーがないので、長い間存在できますが、重いものはすぐ返さないといけないので存在する時間も短くなります。》
《私たちは、真空は何もない空っぽな空間だと思ってしまいますが、実は粒子と反粒子はたくさんできたり消えたりしているのです。粒子や反粒子はエネルギーがないとできません。真空の中ではエネルギーの貸し借りが起こり、たくさんの粒子や反粒子ができては消えてを繰り返しているのです。》
●このことが真空エネルギーの根拠となり、暗黒エネルギーとは真空エネルギーではないかという予想となる。しかし、もし真空エネルギーがあったとするとどれくらいのものになるのかを計算すると、予想される適当な暗黒エネルギーの量よりも一二〇桁も大きいことになってしまう、と。これでは宇宙は出来たそばから引きはがされて消滅してしまう、と。
《重力と量子力学の世界を一緒に考えると非常にヘンな答えが出てしまうのです。重力が不確定性原理にしたがおうとすると、ゆらぎが強すぎて訳のわからない答えになってしまいます。ゆらぎが大きくなってしまうのは、素粒子を点として扱っていることに原因があるのではないかと考えられるようになってきました。》
●そこで「超ひも理論」がでてくる。
超ひも理論では、私たちが素粒子だと思っていたものは、実は振動して広がっているひもなのですが、あまりに小さいので点だと思い込んでいたというのです。この考えが正しいものだったら、今まで点だと思っていた粒子の正体がとても小さなひもだったという超ひも理論が正しいものだったら、宇宙の姿も大きく変わってきます。まず、宇宙は一〇次元でなければならないことになります。一次元の時間に加えて空間は九次元ということですので、私たちが目にすることのできる三次元空間の他に小さな異次元が六次元あることになります。》
《しかも、それだけではありません。超ひも理論量子力学の理論と重力の理論、つまり相対性理論を両方とも含んだ理論です。今まで何人もの研究者が挑戦しても果たせなかった力の統一も可能になります。》
●とはいえ、超ひも理論はあまりに複雑にすぎるという。そして、
《六次元の空間にどういう可能性があるのか調べあげるのが難しいという問題があります。六次元空間の姿や性質は、方程式を解いて考えていきます。しかし、今のところ、方程式を解いた時の解、つまり、六次元空間の候補の数は一〇の五〇〇乗個もあるのです。一の後にゼロが五〇〇個もつくくらい膨大な候補があるということは、超ひも理論から宇宙がどのような姿をしているのかが予言できないことになってしまいます。》
●そしてそれが以下のような驚くべき帰結となる。
《しかし最近のひも理論の考えでは、宇宙はいわば試行錯誤だということになります。なぜだかまだわかりませんが、宇宙は「とりあえず」一〇の五〇〇乗個の解に対応して一〇の五〇〇乗個できたのかもしれません。ほとんどのトライは「失敗」します。つまり真空エネルギーが大きすぎてすぐさま引き裂かれて人類は生まれません。真空エネルギーの大きさだけでなく、大きくなった次元の数、いろいろな素粒子の質量、四つの力の強さ、いろいろな物理量がそれぞれの宇宙で異なっています。「たまたま」うまくいった宇宙に限って私たちは生まれたということになります。》
●多次元と多元宇宙論を前提として、量子力学と相対論との両立をはかるという地点ではじめて、暗黒物質と暗黒エネルギーの存在の根拠を説明できる、と。つまり、暗黒物質と暗黒エネルギーの存在が否定できない以上、今のところ、宇宙を上記のようなものとして描くしかない、ということなのか。しかもこれは机上の空論ではなく、本書によれば、これを裏付け、裏を取り、先に進めるような大規模な実験が、世界中で実際に行われていると言う。