●メモ。下にリンクする文章に書いてあることはすごく重要だと思った。船沢虫雄「聴かない訓練」。
http://mushiofunazawa.com/text/kikanai.html
《ヴァイオリンという楽器を思い描いていただくと判りますが、まず、フレットがない。
そして、音がやや小さい。
そして、非常に大勢の方々と合奏することが多い。
ですからヴァイオリンを弾く方々は、多くの場合、非常に強い音程能力をお持ちです。絶対音感なんてザラです。
そして、大勢で合奏すること、それぞれの皆さんの音が小さめであることから、壁からの反射音なども含めた音全体から音程だけを抽出する訓練を日々積んできた方々です。
つまり、音程以外を聴かない訓練を積んできたとも言えるわけです。 「オーケストラを換えたら基準ピッチが1ヘルツ上がった。なかなか慣れない。自分の音が出せなくなって困ってる」とおっしゃるほどの凄まじい音程感覚をお持ちのヴァイオリニストがしばしば、位相差を全く聴き取れない理由はここにあるのだと思います。
それこそ、左右のスピーカーが逆相でも気づかない。》
《エンジニアさんにも色々な方がいます。
4万分の1秒のデジタルノイズにはすぐ気づく能力を持ってるけど、曲が半音上がっても全然気づかないし、音楽的な変化が起きたとも思わない人もいますし、 電源ケーブルを取り替えたら「ぜんぜん別の曲になった」と思うほどの耳を持ってるけど、ベートーベンとモーツァルトの違いはいくら聴いても判らない人もいます。
以前、エンジニアさんたちの集まりにお邪魔した際に、テレビでライブ中継が始まったことがありました。
1曲目が始まった途端、皆さんそれぞれ雑談してたのが一瞬静まり、次の瞬間に爆笑が巻き起こりました。
曲が終わるまで、クスクス笑ってる人がいます。
どういうことなのか訊いてみると、「1曲目のスネアにかかっていたコンプレッサーのアタックタイムがものすごくダサかった。あまりのダサさにテレビを聴いてなかった人の耳にもその音が飛び込み、みんなが爆笑した。その後、エンジニアのセンスがダサいのではなく、何らかのアクシデントだったようで、1曲を通して少しずつ少しずつスネアのコンプのアタックタイムが改善されていった。1曲を通してばれないように、すこーしずつアタックタイムをいじっているのがおかしくて、みんなクスクス笑っていたんだ。聴いてて判らなかった?」》
《耳は、何かを発達させると、それ以外の能力が沈黙してしまうもののようです。
いや、むしろこう言うべきでしょう。
「何かを聴く訓練をするということは、それ以外の全てを聴かない訓練をするということだ」、と。》
《商業音楽の世界で、アレンジャーが音程、音符を監視し、エンジニアが周波数分布やノイズを監視し、マニピュレーターが音色を提供する、という3人体制での録音作業が長い期間「王道」でしたが、これは「違うものが聞こえて、違うものが聞こえない者3人」の最も効率的な作業であったわけです。》
《これを書いている現在、製作過程にはもはやこれといった「王道」はなくなったように思えます。
皆さん、めいめいの耳を発達させ――つまり人それぞれ“何かを聴かない訓練”を積んで、何かを目指し、何かを失い、何かを聞き落としながら――音楽をやっています。
多くの音楽家がそうであるように、私もまた、この混乱した時代で、混乱した生活を送っています。
私には何が聞こえていないんだろう、
この人には何が聞こえていないんだろうと、
そのつど悩みながら。》