2019-05-23

●誕生日だった。が、忙しい。

●6月8日の『虚構世界はなぜ必要か?』の刊行イベント《「虚構」と「制作」》について少しだけ書きます。

https://www.facebook.com/events/600519313800983/

『虚構世界はなぜ必要か?』という本では「制作」という次元については触れていません。アニメを「既に制作されたもの」として扱い、そこに結果として現れている「虚構の形」について分析的に考察するという形をとっています。いわばこの本は、「神話」の生成のなかで(生成に寄り添って)書かれたというより、採集された「神話」を分析するように書かれています。つまり、そのような意識的な「限定」によって書かれたということです。

この本は、虚構を制作することについて考えるというよりも、虚構というものの意味(価値)を探っていくという意図をもっていました。「はしがき」の最初に、《現実主義に抗するために、フィクションは意味を持ち得るのか。意味を持つとしたらどのようにしてなのか。一言でいってしまえばそれがこの本の主題です》と書いたのですが、この本を書いた動機に、「現実主義の台頭」と「虚構の価値の低下」という事実(実感)がありました。そのために、それでもなお虚構に「意味」や「価値」を見いだし得るとしたら、それにはどのようなものだと言えるのか、ということを考えようとしたのです。

このようなことを考えるのはぼくにとっては必然的なことでした。しかし同時に、虚構を「既に制作されたもの(既にあるもの)」として捉えただけでは、虚構について考えるために十分ではないということも意識していました。虚構を制作すること、生成されつつある虚構のただなかで行為すること。それを同時に考える必要があるとも考えていて、例えばそのような思考を試みたテキストとして、下のリンクにあるように文章も書いています。

幽体離脱の芸術論」への助走

http://ekrits.jp/2018/03/2515/

今回のイベントで上妻世海さんに対話の相手をお願いしたのは、上妻さんがまさに、この本の限定の向こう側にある「制作すること」についての思考を積み重ねていると考えるからです。上妻さんは、『制作へ』というタイトルの本に収録されている「消費から参加へ、そして制作へ」で次のように書いています。

 

僕たちは、この不可逆な時代の変化を「透明なコミュニケーションによる共同主観的な共同体の再建」という課題で捉えるのではなく、素朴に「差異を肯定」するのでもなく、各々の虚構を継続可能な仕方で制作しつづけることにしよう。現代の環境を考慮した上で、別の仕方で規範性を、継続可能性を、安定性を制作するという課題に挑戦しよう。他者が用意した虚構を消費することでも、そこに参加することでもなく、各々が制作することにしよう。そのために必要な武器は揃っている。

 

もちろん「観察から制作へ」という枠組みで世界を捉えていたのは、今日生きる僕たちだけではない。いつの時代であっても科学者にとっての「物理空間」は、リテラルなモノが敷き詰められた場としてだけでなく、様々な複合的な謎に満ち満ちた場として立ち現れているし、工学者にとっての新たな技術は、便利で快適な新しい「商品」としてだけでなく、次なる課題や目的を生み出す「プロトタイプ」として見えるだろう。また美術家にとっての他者の傑作は、ただ美しいだけでなく、次なる挑戦を突きつけるものとして現前している。つまり、彼らにとって現前しているものは〈今ここ〉にあるだけでなく、謎やプロトタイプや課題として即座に過去と未来へ折り返されている。

 

人類は初めから今の形で自動車を知っていたわけではない。そのようなイデアは存在しなかった。幾何学、物理学、工学、化学、車輪、蒸気機関の発明が、それぞれの潜在的な課題を湛え、それらが出会い、結合することで、蒸気自動車を生み出したのである。さらに、蒸気自動車のもつ魅惑がガソリンエンジンを、その熱を冷ますための冷却技術を、高度な計算が可能なコンピュータや計測装置がより空気抵抗の少ないクールなフォルムを、そしてそれらのモノとモノの結合が、現在の自動車を生み出した。そして、今も自動車は、あるいは自動車を構成する各々のモノたちは、制作者たちを魅惑し、課題を湛え、様々な周辺的な技術と結合しながら、異なる仕方で変容しているに違いないのだ。

 

《各々の虚構を継続可能な仕方で制作しつづけることにしよう》、《別の仕方で規範性を、継続可能性を、安定性を制作するという課題に挑戦しよう》。このような思考を展開する上妻さんと、限定的な主題をもつ『虚構世界はなぜ必要か?』という本をどう読んだかついてのお話を聞くことを通じて、この本の限定の向こう側まで、「制作すること」についての思考にまで繋がる対話ができれば、と考えています。