2022/05/03

●一時、アマゾンプライムから消えていたロメールか復活したので『美しき結婚』を観る。

この映画で主役のベアトリス・ロマンは二度、衝動的に「結婚する」と言う。一度目は、つき合っている妻子ある男とベッドの中にいる時に、男の妻から電話がかかってきたことで、男との関係に嫌気がさして、咄嗟に結婚という言葉が口から出る。この時、具体的な相手のイメージはなく、独身の若い男は沢山いるのに、何故こんな妻子あるおっさんとつき合っているのか、という思いから出た言葉だろう。

二度目は、職場である古美術商の取引相手と、店を通さずに取引してしまったことを、店の主人からとがめられて(当然だ)、逆ギレして店を辞めると言い、そのキレた勢いで、思わず言ってしまう。この時念頭にあるのは、たった一度(商談にかこつけた)デートしただけの弁護士だ。この二つの、特に深い意味も考えもなく、ふと口を突いて出てしまった言葉が、この後の彼女の行動を方向つけてしまう。

「結婚する」と言ってしまったことで、自分は結婚したいのだと思い込んでしまう。このような言葉の呪縛は、自分の内部だけでなく、他者や環境などの外的要因からも強化される。一度目の発言の後、その話を親友(アリエル・ドンバール)にすると、親友は頼んでもいないのに従兄の弁護士(アンドレ・デュソリエ)を紹介してきて、彼は絶対あなたを気に入っていると言って焚きつける。二度目の発言も、口を突いて出た時には売り言葉に買い言葉的な放言だったはずが、その後たまたま元カレに会い、彼の自宅で結婚生活の様子をみながら自身の結婚観を雄弁に語り、家に帰って、仕事を辞めたことの母への「いいわけ」のように結婚するアテがあると話しているうちに、元カレへの見栄や、母へのいいわけとして発したはずの言葉が、あたかもはじめから自分の信念であったかのように自分を信じ込ませてしまい、彼女を外側から規定してしまう。

そもそも彼女はなぜ唐突に「結婚する」などと言い出したのか。その原因として考えられるのは、電車のなかで彼女の好みの若いイケメン男性を見たという出来事だ。昼間に電車で勉強している若い男性を見て惹かれ、夜に恋人とベッドにいる時にその妻から電話がかかってくる。ここで無意識のうちに比較が行われ、結婚の可能性のある若い独身男性は世の中に沢山いるのに、なぜ妻子あるおっさんと?、という思いが生じる。「結婚」という言葉はこのような連鎖のなかから出てきたはずだが、彼女自身はそれを意識していない。

彼女に「結婚したい」という欲望を惹起させたのは、親友の従兄の弁護士ではなく、電車のなかのイケメン男性なのだ。彼女は自分の欲望の出所を知らないままに、言葉の呪縛と外的環境(対人関係と偶然の連鎖)に流されるようにして、弁護士との結婚へ執着していく。彼女が弁護士との結婚を強く望めば望むほど、彼女自身の欲望から離れていってしまう。だから、弁護士と結婚するという「策略」に失敗した彼女が、電車のなかで(欲望の元であった)男性と出会い直すというこの映画のラストは、むしろハッピーエンドとさえ言えるのではないかと思う。そもそもの欲望の出所に戻るのだから。

●そもそも弁護士は、はじめから彼女と親密になる気はなかったと考えられる。最初のデートの時、彼女は、自分の働いている店の取引相手を、店の仲介なしに弁護士に直接紹介する。これが「やってはいけないことだ」と、弁護士なら分からないはずはない。見た目が好みだから一日楽しくつき合うが、深入りしてはいけないヤバい奴だと最初から思っていたのだろう。

●この映画には悪魔が二人いる。一人は当然、頼まれてもいないのに勝手に従兄を紹介し、二人の仲が発展するようにと無責任に彼女を焚きつける親友だ。その結果、仕事も辞め、結婚にも至らなかった彼女は、親友の仕事のアシスタントのようなことをするようになる。これは親友が最初に望んでいたことだ。親友は、まんまと自分の望みをかなえるのだ。

そしてもう一人は、誕生パーティーで彼女と弁護士が寝室で二人きりになり、やっとのことでいい感じになった時に(彼女にとって最後のチャンスだ)、タイミングをみはからったようにドアを開ける彼女の妹だろう。待ちに待ってようやくやってきた弁護士と部屋で二人きりになったならば、どういう状態なのか、妹に分からないはずはない。この妹の悪魔性は際立っていて、誕生パーティー場面の最初のカットの構図によって、このパーティーが妹中心のものであることがはっきりと示されている。

そしてこの二人の悪魔が、パーティーで一緒に踊っているカットがある。