2023/06/22

⚫︎『水星の魔女』、22話(プロローグを含めると23話め)。

⚫︎「地球圏全体をデータストームが覆う」というのは一体どういう状況なのだろうか。それによってプロスペラは具体的に何をしようとしているのか。彼女の目的は、娘を生かすことと、ベネリットグループへ復讐することだろうから、何かしらの形で、ベネリットグループに対する地球の優位を作り出そうとしているのだろうか。だとしたら、やろうとしている方向はシャディクとそれほど変わらないことになる。

(常識的に考えれば、地球全体をデータストームが覆うことで、地球は、外からのどんな軍事的攻撃や力による介入によっても不可侵な状態となるだろう。地球をそのような状態にして、それで何がやりたいのか。たんに「ベネリットグループの好きにはさせない」ということなのか。あるいは、地球を拠点にして、ベネリットグループを完璧に破壊しようとするのだろうか。)

データストームとかパーメットリンクとかいう概念で思い出すのは、「逆襲のシャア」のサイコフレームの光だろう。サイコフレームの光は、人類の肯定的な可能性を示す最も強い希望の顕現であり、同時に、それだけの可能性を目の当たりにしながらも人類は結局何も変わらなかったというガンダムニヒリズムを象徴するものでもある。『水星の魔女』では、データストームの領域へアクセスすると人は過大な負荷を与えられて死に至ってしまうというネガティブな概念だが、データストームの中でならおそらく永遠に生きつづけられるであろうエリィという像は、ガンダム的概念系からするとニュータイプを連想させる。従来のガンダムでは肯定的だったり、希望を示すものだったりするニュータイプ系列の概念が、『水星の魔女』ではプロスペラの私怨と結びついて破壊をもたらすネガティブなものと色づけられている。

(ガンダム宇宙世紀シリーズでは、「強化人間」とは人為的に作られたニュータイプだった。『水星の魔女』における強化人士は、ガンダムの操縦が強いるデータストーム領域による「汚染」に一時的に耐えられるように改造された人間のことだ。この点からも、データストームと完全に共存できるエリィは、ニュータイプ的な主題を引き継いでいる何者かということになるだろう。)

そもそもガンダムの開発を進めていた(プロスペラもその一員だったはずの)ヴァナディース機関の理念は、人類の宇宙環境への適応であり、ガンダムの技術は、データストームの領域と人の身体の間にうまく折り合いをつけることによって得られる強化された拡張身体の技術であったと思われる。強化人士が捨て駒として死を運命付けられているのは、その技術が(軍事目的で)不完全なままで用いられているからだろう。技術が完成すれば、強化人士こそが、宇宙環境に適合した新たな人類の姿ということになるし、その技術の完成のためにエリィは有効な媒介となれるはずなのだ。

クワイエット・ゼロにしても、単なる大量破壊兵器ではなく、元々はミオリネの母が構想したもので、ガンダム的なニュータイプ思想(情報の大規模な統合・対立構造の無効化・人類補完計画的な?)を推し進めるものであったはずだ。

プロスペラは何を考えているのか。彼女はただ怨嗟にもとづく破壊のみを目的としているのか、そうではなく、(ネガティブをポジティブに反転させるような)何かしらのヴィジョンを持っているのか。この点はまだ不透明なままだが、フロスペラがどうであろうと、彼女とは別の人格であるエリィが、何を考えていて、どう動くのかということが、おそらくそれよりも重要になってくる。今のところエリィは、母であるプロスペラの思惑通りに動いているように見えるが、その中に彼女自身の何らかの意思(例えば、どこかのタイミングで母を裏切ろうという計画を現時点で持っている、とか)があるのだろうか。

(エリィ自身は、母の怨嗟から切り離されれば、株式会社ガンダムの理念とも共鳴し得るし、強力な協力者にもなれる。)

⚫︎『水星の魔女』では、スレッタとミオリネとの出会いがあり、そこからの相互干渉・相互変化による父や母の支配からの離脱があり得た(ウテナ的主題)。同様のことが、スレッタとエリィとの間にも期待されるだろう。しかし、スレッタとミオリネは境遇も性質も異なる他者として出会うのだが、スレッタとエリィとは分身関係にあり、他者ではない。そもそも同一のものの再会を出会と呼べるだろうか。ただし、エリィから分岐した同じ根を持つ分身であるとしても、スレッタはミオリネとの出会いによる変質を経ている。

⚫︎『水星の魔女』で最も味わい深い人物はベルメリア博士ではないか。彼女は、自分が生き延びるために多くの若者を強化人士として犠牲にしてきた。彼女は自分の行いに罪の意識を感じ、苦悩しているが、その苦悩自体が自己欺瞞的であろう(若者を搾取して何とも思わない大人がいくらでもいる中、苦悩する=自覚するだけマシとは言える)。しかし、彼女が自己欺瞞的にではあれ生き延びているからこそ、ヴァナディース機関の技術がプロスペラによる独占から逃れ、ミオリネやスレッタの世代にも利用可能なものになっている。彼女は、下の世代を見殺しにすることで生き延びてきたが、生き延びることで下の世代へと技術を継承することができているとも言えて、その意味では最低限の責任は果たしている。存在そのものが矛盾であり、故に常に「迷い」の中にいるしかないような人物だ(そして、間違い=罪を犯しているという意味では、スレッタもミオリネも同じだ)。