●風呂に入るなら明るいうちがいい。出来れば午前中。照明をつけなくても磨りガラスを通して入ってくる外光で充分に明るい午前中の浴室には、高感度フィルムの荒い粒子のような光が粒だって満ちていて、浴槽の水面が揺れるピチャピチャという音がエコーのように反響するのにつられて、光の粒もゆらゆらと揺れ動いているように感じられる。浴室の白い壁は、蛍光灯の光の下ではオレンジ色に染まって見えるが、午前中の光では青ざめたような白に見える。ぬるめのお湯に浸かって、皮膚の表面だけでなく脳までもふやけてしまったようにぼーっとしながら、表から聞こえてくる子供の遊んでいる声や、鳥の鳴く声、おそらくカラスだろうと思われる大きめの鳥が羽ばたく激しい羽音、時には、リサイクルセンターのトラックからの、いらなくなったテレビ、使えなくなったビデオなどの電化製品を無料でお引き取りいたします、また、バイクの買い取りなども行っています、ご用の方はお近くを通るときに声をおかけ下さい、というマイクで拡張されたテープの音などを聞いていると、時間はみるみる過ぎていってしまう。一人暮らしなので浴室のドアは閉めたことがなくいつも開けっ放しで、浴槽のなかから、浴室の前の短い廊下の先にある部屋の本箱に、本が雑然と並んでいるのが見え、そっちの方からなんとなくスースーする微風が入り込んできて浴室の湿った空気を僅かにかき回し、そういえばつけっぱなしだったテレビの音もずっと聞こえているのだった。