●すいた時間の先頭車両に乗ると、電車が風を切って走っているのだということを実感する。ドアの隙間から風が吹き込み、ヒューッ、ヒューッ、と風を切る音がして、その吹き込みでドアがカタカタと振動する。対向車両とすれ違うと、その風圧で、ゴオーッという音とともにドアの振動がすこしの間だけ止む。そしてまた振動がはじまる。イスに座って目を瞑って眠ろうとしていた。たまたま座ったところの付近に何かのモーターがあるらしく、重たく低く唸る音(というより震え)が、上からなのか下からなのか、響いてくる。単調に持続する音や振動はむしろ眠るには好都合で、その音を意識的に追っているうちに浅い眠りへと導かれてゆく、はずなのだが、何故か、何度着水しようとしても眠りの水面に撥ねつけられてしまい、意識はなかなか微睡みへと沈んでいかない。ここで少しでも眠っておかないと後でつらいだろうと思いながら、頭や身体の活動を出来るだけ低いところへと落とし込んでゆこうとするのだが、頭の芯には堅いものがどうしても残る。しばらく目を瞑って眠れないままで、ふと目を開けると、思っていたよりもずっと先まで来ていた(時間も経っていた)のだった。知らないうちに眠っていたのだろうが、しかしそれは芯に堅いものが残ったままの堅い眠りなのだった。