●ホームへ駆け上がったところへちょうど来た電車に乗り込む。平日の昼間とはいえ、不自然に空いているように感じる。シートに座り、胸のポケットからi-Podを出して、イヤホーンを耳に詰める。電車がゆっくりと動き出す。どんよりと重たい空の、窓の外の風景が流れる。音楽を聞いていると、うつらうつらしてしまう。音によって眠りに誘われ、また、音によって眠りから引きはがされて、その中間でゆらゆら揺れる。耳の奥になまあたたかい湿気が籠るようで、イヤホーンを外すと、電車の振動する音がなまなましく迫ってくる。その音にしばらく聞き入り、ほとんと人の居ない車内の、リノリウムの床やシート、機械的に動いてゆく窓の外の流れを見ていると、巨大な、細長くて重い鉄のかたまりが、何両も繋がって動いているところがイメージされる。車内のアナウンスによると、この電車は目的地までは行かず、途中で止まってしまうらしい。(やけに空いていたのはそのせいだった。)目的地の二つ前の駅で降ろされ、ベンチに座って次の電車を待つ。今にも雨が落ちてきそうな空。線路の金網の向こうには、三階建てのそば屋(おそらく二階、三階が住居なのだろう)があり、その店の前に三本立っているのぼりが、ゆったりと流れる風でスローモーションのようになびいている。屋上には(曇り空に置き忘れられたかのように)洗濯物が揺れている。駅前なのに人通りがあまりない。自転車が一台、しばらくしてまた一台、ゆっくりした速度で横切っていった。目的地まで行く電車がホームへ入ってくる。ドアが開くと思っていたよりも多く人が乗っていて(特に混んでいるというほどではないけど)、人の密度が鬱陶しく、やけに狭苦しく感じられ、車内へ踏み込むのが一瞬ためらわれた。