●丘がいくつも重なっているような地形なので坂道が多く、無計画に開発されたような土地なので道がやたらと入り組んでいるから、歩いていると、ふいに、見晴らしの良い開けた場所にでる。開けた場所は、視覚的に遠くまで見渡せるだけでなく、音が遠くからそこへと集まってくるような場所でもある。車の音、電車の音、鳥の声、子供のはしゃぐ声など、見えないものの音がたくさん聞こえてくる。少年野球のチームが練習しているような音と声が間近に聞こえるのだが、どこにも見えず、その位置がよくわからない。真下の公園には、バスケットの練習をしている男の子と、それを見ている女の子の姿が見えた。
●わりと近く(といっても、歩いて30分くらい)に少年院があって、その少年院の高い塀と線路とに挟まれた細い道を散歩でよく通るのだが、高い塀の頭を越すくらいの高い桜の木が、花をいっぱいつけていた。その塀のなかからも、野球をしているような音と声が聞こえてくる。こちらは、少年野球と違って、もっと野太い声で、ウォーッ、とか、ライト、深追いするな、とか聞こえる。バットとボールがあたるキンという音も、強くて重たい。こんなに桜が咲いている、こんな陽気の日に、少年院のなかなんかにいると、気持ちがザワザワして、野球でもやってないとやりすごせないだろうなあ、と思う。
●まわりの道路からすり鉢状に低くなっている公園の周りは、ぐるっと桜の木が取り囲んでいて、びっしりと花をつけている。しかしその花はもう散りはじめていて、公園から道路を挟んでとなりにある、何も植えてなく表面をきれいに均されている畑の赤黒い土に、散った花びらが水玉模様のように落ちている様子は、まるで草間弥生の絵みたいでちょっと気持ち悪いほどだった。
●日曜の午前中に住宅街を散歩すると、自分だけ取り残されて人が一斉に消えてしまったのではないかと思うくらいに人とすれ違わないのだが、近所では花見のメッカである、野球場や陸上競技場、体育館などもある大きな総合公園は、人で溢れていた。桜並木のある陸上競技場の横の道には、縁日のような出店がずらっと並び(食べ物だけでなく、射的とか金魚すくいとかまである)、フェンスに沿って並べられたテーブルと椅子には、隙間なく人が座って、昼前なのに既に赤い顔をしている人も多くいた。並木道を抜けると開けた広い場所があり、そこもビニールシートを敷いた団体の人や、花壇のブロックに腰を下ろした家族やカップルなどで埋め尽くされていた。花のピークは多分先週だったと思うのだけど、人は今週の方がずっと多いのは、このぽかぽかとしたいい陽気のせいなのだろう。
●世界がこういう時間だけで埋め尽くされていないことを理不尽に感じるようないい陽気なので調子にのってずっと歩きまわっていたら、案の定、帰ってからひどいことになった。花粉症の薬は、せいぜい三時間くらいしか効かない。