●『秘花--スジョンの愛』(ホン・サンス)をDVDで(この日本語のタイトルは最悪)。すばらしく面白いというわけではないけど、つまらないというわけでもない。普通、こういう言い方をするというのは、どうでもいい作品なのだが、ホン・サンスのこの映画は、その「どうでもいい」ところが、ちょっとクセになる感じ。映画なんて、別にすばらしく面白くなくたっていいんじゃねえの、という気持ちになってくる。、
最初、いかにもシネフィルが撮ったという感じが鬱陶しいのだが(なぜモノクロ?)、だんだんぐだぐだになって、それはすぐに気にならなくなる。女一人、男二人の関係が、ひたすらぐたぐだ展開する。男のうちの一人がとても駄目駄目な人で、ほんとにぐたぐだなのだが、それが不思議に鬱陶しくならない。ぐだぐたな展開をどろどろにすることなく、さらっと進めてゆくところが、たぶんこの作家のセンスなのだと思った。このような点はすべて『女は男の未来だ』と同じなのだが、『女は男の未来だ』の方が、一人一人の登場人物がずっと面白かった。撮影所の運転手のキャラクターが、ちょっと面白いのだが。
きっとこのままぐたぐだで行くんだろうなあと思っていると、ふいに物語が最初の地点に戻り、微妙に細部の違う同じ物語が語られはじめる。どうやら、前半はカップルとなる男性の側からの視点の話で、後半は女性の側の視点で語り直されるということらしい、とわかってくる。最初のホテルの場面から、二つの回想(世界)が分岐してあらわれるという構造らしい、と。男性の視点、女性の視点といっても、映画だから一人称ではありえず、語り手である当の男性、女性も普通にフレームに収まっている。男性が出てくる場面だけで構成されているのが男性の視点で、女性が出てくる場面のみで構成されているのが女性の視点。とはいえ、多くの場面では二人とも登場していて、そのような場面にも差異は含まれている。一人称が基本的に不可能であるから、ここではたんに視点の違いがあるだけでなく、実際に世界が二つに分裂してしまうところが「映画」の面白いところだ。だが要するに、細かい思い違いのようなものをのぞけば、この二人の語りの違いは一点だけで、男性の側からの語りでは、男性が目移りした「もう一人の女性」の痕跡が完全に消されているということくらいだ。つまりここでは、女性の方が「より真実に近いこと」を語っているかのような、種明かしに近いニュアンスになり、この二つの世界は同等というわけでもないようだ。
このような仕掛けというか構成もまた、凝っているとはいえ、それ自体としてすばらしく面白いというほどではない。しかしそれでも、細部の微妙な差異のつけ方とか、場面の順序の構成とかが、それなりには面白い。とはいえ、いくら構成が凝っていても、根本的には男女関係がぐたぐだしているというだけの話なのはかわりないし、あー、ぐたぐだしてんなー、と思って、結局やりたいのはこのぐだぐだなんだろうなー、と思って観ているわけなのだった。
そして三たび、回想の起点となったホテルの場面に戻ってきて、二人はめでたく結ばれるのだった。このラストは、もうちょっと他に何か一工夫なかったのだろうかという感じで、あまり面白くない。ホテルに向かう途中で、ロープウェイが宙づりのまま止まってしまうという場面があるところとかに、この監督のセンスを感じはするけど。このロープウェイの場面では、日本語が一瞬聞こえる。
この監督の映画は、もうちょっと他にも観てみたい。