●『男一代之改革』を読んでいて、テッド・チャンの「あなたの人生の物語」を思い出した。つまり、青木淳悟の小説は、「あなたの…」に出てくる宇宙人ヘプタポットのような思考によって形作られたものが、無理やりに人類の言語に翻訳されたらこのような形になった、というようなものなのではないか、と。ここで重要なのは、青木淳悟=ヘプタポットというよりも、青木淳悟=無理やりな翻訳という方だろう。テッド・チャンの小説はそれ自体として、ヘプタポットの思考の親切で分かり易い意訳となっていると言えると思うけど、青木淳悟の場合は、逐語的に、出来る限り正確に翻訳しようとして、結果、正反対のところに出てしまったみたいな感じ。以下は、テッド・チャンからの引用
≪自由は幻想ではない。逐次的意識という文脈において、それは完璧な現実だ。同時的意識という文脈においては、自由は意味をなさないが、強制もまた意味をなさない。≫
≪(…)未来を知ることは自由意思を持つことと両立しない。選択の自由を行使することをわたしに可能とするものは、未来を知ることをわたしに不可能とするものでもある。≫
(この部分は、量子の「弱測定」の話をも思い出させるのだが…)
青木淳悟の小説には、未来(未知のもの)へ向かって進んでゆく時間が存在しない感じ。あらゆる出来事は既に起こっており、それらは潜在的世界のしかるべき位置に既に配置されている。ヘプタポッドの思考はそれを一挙に捉えるのだけど、人間にはそれが無理なので、あとはそれを、どういう順番で、どういう形で辿ってゆくのか、ということになる。そこで人間がそれを捉える時に頼りにする時間・空間の秩序は使えないので(「未知」が効かないから)、順路は錯綜し、結果として、一挙に捉えることの真逆の、「捉えどころがみつからない」という状態になる。
●「鎌倉へのカーブ」とか、奇跡的に成立した21世紀の私小説だと思う。すごい。