●『ユリ熊嵐』第八話。思いの外『嵐が丘』っぽくなってきた。ちょっと前から匂わされてはいたが、今回はっきり、透明な嵐=同調圧力という解釈がミスリードであることが明らかになった。排除の対象は匿名なものたちの投票(空気)によって決まるのではなく、はじめから紅羽と決まっていて、そのように仕向けられる空気がユリーカの誘導によってつくられていた。いわば、嵐が丘学園そのものが、ユリーカが、紅羽を排除することで自分のものにする(復讐する)ための装置であった。紅羽も、学園の他の生徒たちも、大人(親の世代)が用意した舞台のなかで、その思惑通りに踊らされていたことになる。そうだとするならば、その体制(舞台装置)に最初に気づいて抵抗したのが純花だったことになる。紅羽が純花に手をさしのべたのではなく、純花こそが紅羽を救おうとした。ここで再び、純花という存在の重要性が浮上する。
だとすれば、紅羽と純花の関係は、(紅羽が忘れていた)紅羽と銀子との関係の単純な反復ではなくなる。銀子にとっての紅羽こそが、紅羽にとっての純花なのだ、ということになる。
●だが、「親の世代」といっても、この作品で親がいるのは紅羽とるるだけだ。銀子もユリーカも捨てられた子供(子熊)だ。紅羽は、この物語に出てくる「人間」たちのなかで唯一「母」が存在が描かれている(純花は「おばあちゃんからもらった髪どめ」をしているが、おばあちゃんが顕在的に描かれはしない)。この事実は、この作品で「人間」はすべて女性であるという暗黙の了解を揺るがす。女性だけの世界では母も子もなく、生殖も成長もなく、人は皆、あらかじめ現在のように個として存在しているかのようだ。しかし、紅羽には母があり、子供時代がある(熊の子供時代は描かれても、人間の子供時代が描かれるのは紅羽だけだ、そして、具体的なことはまだあまり明らかになっていない)。赤ん坊の紅羽を抱く母の姿は、その背後にいる父(男性)の存在(というか「父の不在」)を強く示している。この、女性たちによる性愛の世界においては異質である生殖という事柄がここで示される。紅羽、あるいはその母は、存在しないはずの「男性」とのつながりを匂わせる存在だ。それは、この女性だけの世界においては、重要な禁忌に触れているのではないか。紅羽とその母の過去、そして紅羽の記憶喪失は、この「禁忌の匂い」と何か関係があるのだろうか。
●ユリーカには「汚れのないもの」への執着という呪いががかけられている。この作品には性的な場面が頻出するが、それはすべて女性と女性との間で行われる。ユリーカにとって、紅羽の母のもっとも大きな裏切りは、自分がプレゼントした星形のペンダントを小熊(銀子)に与えてしまったということよりも、男性と関係をもってしまった(汚れ=生殖を行った)ということではないか。だからこそ、その汚れの象徴である娘の紅羽に復讐しなければならない。しかしユリーカは勘違いをしている。紅羽を(母の代替物として)箱に詰めることでその「汚れのなさ」を凍結し、汚れなさを取り戻そうと考えているが、紅羽の存在こそが汚れの肯定なのではないか。
●学園を牛耳り、生徒たちを操っている黒幕であるユリーカにかけられた「汚れのないもの」という呪いもまた、前の世代によって植え付けられたものであり、前の世代によって仕掛けられた檻(箱)である。おそらく、ユリーカを箱に閉じこめた者もまた、別の誰かによって閉じこめられた。そしてユリーカも自分がされたのと同様に、下の世代(例えば針島)を絡め取り、(紅羽を)檻に閉じこめようとする。絡め取られ、閉じこめられた者は、自分がされたのと同様に別の誰かを閉じこめる。呪いのかけ合いによる相互絡め取りと相互閉じこめが世代を越えて受け継がれてゆく。承認とは、呪いのかけ合いである。透明な嵐とは、このような呪いのかけ合いを指す言葉であるだろうか。嵐が丘学園はそのような世界であろう。
(嵐が丘学園は、それ自体が「ウテナ」の根室記念館のようであり、ユリーカを拾い、ユリーカに殺された後もずっと彼女を縛りつづける女は、いわば御影を縛る千睡であるようにみえる。だとすれば、「人間たち」は実は既にもう死んでいて、みんなゾンビなのかもしれない。)
●ところで、紅羽と銀子との別離は「断絶の壁」の出現によるものだということが明らかになった。それはつまり、二人の別離の原因は紅羽の記憶喪失にあるというわけではなかったということだ。ならば、紅羽の記憶喪失の原因、およびその隠された意味は未だ明らかになっていない。
さらに、観客は今、銀子の「罪」とは、純花が殺される場面に居合わせたにもかかわらず見殺しにしたことだと思っているが、これはミスリードである可能性が非常に高いと思われる。
だからおそらく今後の焦点は、紅羽とその母の、記憶喪失の原因を含むその隠された過去(主要な登場人物で「裏の顔」が明かされていないのは紅羽だけだが、彼女だけがこのまま「きれいな存在」でありつづけるはずがない)と、純花と銀子との関係がどうなっているのか、ということになるのではないだろうか。純花には、あともう一ひねりあるのかもしれない。あと、るるはそこでどのような活躍をみせるのか。